女王様のご生還 VOL.163 中村うさぎ

そうし先生のLGBT英会話教室の動画でも言ってるんだが、私はどうも美しい思い出や楽しい思い出よりもネガティヴな記憶を優先的に保存するタイプらしい。

過去の恋についても幸せだった瞬間よりムカついたエピソードの方が鮮明に覚えてるし、学校生活や家族(両親)についても同様である。



私が父や母について書く時に辛辣なのは、そのせいだろう。

父は「休日を返上しておまえを遊園地に連れてってやっただろ」などと恩着せがましく言うのだが、その遊園地にしても覚えていることといったら「ドリームランドのクソ長い滑り台で転倒して頭から地面に突っ込んでめちゃくちゃ痛かったこと」くらいだ(笑)。

楽しかった記憶もあるはずなのに、どうしても思い出せない。



どうやら私の脳は苦痛や恐怖を重要視していて、そういうエピソードを選択的に長期記憶に保存しているようである。

つまり私の脳は自らの意思で「嫌な記憶」を覚えておこうと心がけているわけだ。

まぁしかし、これは生物の本能的な「危機管理」のシステムでもあるから驚くほどのことではない。

生物は生き残るために「危機を察知する能力」を身につけて進化してきたわけだから、苦痛や恐怖の記憶は非常に重要なはずではないか。

だから私は嫌な事ばかり覚えている自分をさほど変だとは思わないし、むしろ、もしも他の人たちが私と違って「嫌なことは積極的に忘れ、いい思い出だけを意図的に記憶に留める」システムを採用しているのだとしたら、そっちの方か不思議でたまらない。



その人たちの脳は何のために、いいことばかり覚えておこうとするのだろう?

その方が幸せだし心が安定するから?

嫌な事を何度も繰り返して思い出すと心の傷が癒えないから?

要するに、それって自己防衛のため?



私の「ネガティヴ記憶優先システム」も「自己防衛」の手段である。

つまり、苦痛や恐怖を優先的に覚えておくことで、今後の人生ではそれを回避しようというのが目的だ。

もちろん嫌なことをたびたび思い出すと、そのたびに不快な気分になってモヤモヤするんだが、それは仕方ない。

二度と同じ轍を踏まないためには、そういった不快の反芻も必要であろう。



この性格のおかげで、私には「昔を懐かしむ」という習性がほとんどない。

大学卒業後に当時の友人と会った時、彼女が「大学生の頃は楽しかったよね。あの頃に戻りたいってしょっちゅう思うの。こないだ久々に大学に行ってカレッジリングを買ってきたわ」と言ったので、心の中で「へええええ~」と驚いた。

カレッジリングなんか買おうと思ったことが一度もないからだ。

デザインもダサいし、あんなもの誰が何のために買うんだろうと思っていた。

だが、目の前に「カレッジリングを買った」と言う人がいる。

昔を懐かしむためらしい。

彼女とは非常に仲がよくてよく一緒にいたので、彼女の「大学時代の思い出」の半分くらいは私も共有しているはずだ。

けど私はまったく懐かしいとも思わないし、「あの頃に戻りたい」なんて気持ちは欠片もない。

この差はいったい何なのだ!

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