女王様のご生還 VOL.91 中村うさぎ

母の無意識の底に沈んでいた「語られなかったもうひとつの物語」について考えるにつけ、「私の『語られなかった物語』はどんな物語なんだろう?」ということが気になってしょうがない。



母と違って私は、自分の欲望や執着やありとあらゆる愚行や愚考を、周囲がウンザリするほどしつこく語り続けてきた女だ。

だが、そんな私にも、無意識の海底に封じ込めて目をそむけ続けてきた物語があるに違いないのだ。

それは、今までの私の人生に対する認識が根底からひっくり返るような物語かもしれない。



たとえば私は、元夫との関係や自分の気持ちを正直に語ってきただろうか?

元夫のことは何度か書いたものの、彼との関係が破綻して以降の話ばかり語ってきたような気がする。

彼と離婚して何年も経ってから、彼の愛人だという女性からメールをもらい、お会いしたことがある。

もはや彼のことを何とも思っていなかったので、彼女が彼の妻であろうと愛人であろうと、怒りも嫉妬も全然感じなかった。

ただ、彼女が「これが今の彼です」と言って見せてくれた写真を見たら、彼が見事にハゲ散らかしていて痛快だったことを鮮明に覚えている。

自分の容姿をあんなに気にかけていた男が、こんなにハゲちゃってまぁ……と、思わず吹いてしまった。

プライドが高いから、めちゃくちゃハゲを気にしているもののヅラや付け毛は絶対にしないタイプだ。

やーいやーい、ざまぁみろ、と、心の中で快哉を叫んだ。

彼の愛人に嫉妬など感じなかった割には、彼の容姿の劣化にはかなり反応したところを見ると、彼に対する憎しみや怒りは消えていなかったのだろう。



愛人の話によると、彼は風俗好きで、しょっちゅう通っているらしい。

ということは、私と結婚している頃にも風俗通いをしてたんだろうが、私は全然気づかなかったし、そもそも彼のような妙にプライド高くて気難しい男が風俗行けるとも思ってなかった。

性的コンプレックスが人並外れて強いタイプだったので、風俗なんか行く度胸もないと思っていたのだ。

愛人の話を聞いていて、「私は本当に彼のことを何も知らなかったんだなぁ」と感心した。

何も知らなかったし、何も理解してなかった。

私たちの結婚生活って何だったんだろう?



一度だけ、夜中に帰ってきてそのまま隣でグースカ寝てる彼の身体から石鹸の匂いがするのを不審に思ったことがある。

その時は「ああ、女とホテルに行ってきたのかな」と思った。

彼とは結婚する前からセックスレスになっていたので、きっとどこかでセックスしているだろうとは思っていた。

もう私を抱く気はないのだと思ったら悲しくて悔しくて涙が出たけど、すぐに「そんなら私も浮気しよっと」と考え、以後は外で大いにセックスした。

そうだ、私が「自分の女としての価値」を確認するためにセックスを始めたのは,あの頃からだったのだ。

十数年後にデリヘルをやるに至った伏線は、既に当時から張られていたわけである。

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