女王様のご生還 VOL.28 中村うさぎ

「私ね、ちょっと前まで自分でもおかしいなって思ってたの」

母が突然こんなことを言い出したので、私は少し驚いた。

これまで頑として記憶消失や奇行を否認し「私は正常よ!」と言い張ってきた彼女が、自ら「私はおかしい」などと認めるとは。

「おかしいって、どんなふうに?」

「時々ね、道に迷っちゃうの。自分がどこにいるのかわからなくなって」

「ああ、それね」

先日の警察騒ぎといい、昨今の母の徘徊問題は看過できないレベルになってきている。さすがの母もそのことに気づいたのだろうかと思っていたら、

「こないだもね、小倉に行ったんだけど、途中でみちがわからなくなって」

「小倉っ!?」

私と父が同時に訊き返した。

小倉って、あんた……北九州市の市街地ではないか!

母はもう何十年も小倉を訪れてないはずだ。

確かに彼女は北九州市で青春を過ごし、その地で父と出会って結婚し、私が小学校2年までそこに住んでいた。

が、父の転勤で上京し、それからは東京や横浜や大阪で暮らしたものの、里帰り以外では北九州を訪れていない。その里帰りだって、祖父母が死んで以来、ずっと途絶えているはずだ。

なのに何故、小倉?

「お母さん、小倉に行こうとしたの?」

「そうよ」と母は朗らかに答えた。

「ほら、私、ちょくちょく小倉に買い物に行くでしょ? だから、その日もいつものように小倉に行こうとしたんだけど、途中で道に迷っちゃってね」

「いや、ちょくちょくは行ってないと思うよ。小倉は遠いもん。もう何十年も行ってないでしょ」

「おまえ、梅田と間違えてるんじゃないか?」

「梅田……? それどこ?」

父と私は顔を見合わせ、顎がガックーンと膝のあたりまで落ちるほど驚愕した。

認知症の人の記憶間違いをいちいち正してはならない、適当に話を合わせておけ、と言われているのだが、アスペルガー傾向の強い父と私はどうしても臨機応変な嘘がつけない。「そうだね、小倉によく行くよね」なんて事実と違うことを言おうとしても、なんだかものすごく気持ち悪くてそわそわして、つい本当のことを言わずにいられないのだ。

「お母さん、梅田は大阪の市街地だよ。それでね、お母さんは今、大阪に住んでるの。小倉は北九州でしょ? 小倉に行こうと思ったら、新幹線に乗って何時間もかかるんだよ。そんな気軽に買い物に行けるような場所じゃないの」

「そうだよ。おまえ、小倉にどうやって行こうと思ったんだ?」

「どうって……電車に乗って」

「電車ったって、阪急とかじゃ小倉には行けないぞ。小倉に行くには新幹線に乗るんだよ」

「でも……私……」

母親がべそをかいて俯いたのを見て、アスペ父娘はハッとし、「いかん! また責めてしまった!」という悔恨の情に襲われて慌てて話を合わせることにした。

「そ、そうか。お義母さんは小倉に行きたかったんだね。いいね、小倉!」

「うんうん、小倉か。懐かしいなぁ、ははは!」

わざとらしい……どうしてこの父娘はこんなに演技が下手なんだ。

二人とも目が泳いでるし!

「お母さん、小倉では何をしたかっ……」

「もういいの! ほっといて!」

母は癇癪をおこして叫び、膝の上で手を揉みながら肩を震わせる。

ごめん、お母さん。また傷つけちゃった。

でもね、お父さんも私も、咄嗟に話を合わせられないんだよ。まだ慣れてないせいなのか、それとも私たちの「嘘をついてはいかん! 事実は事実だ!」という強固なこだわりのせいか(たぶん後者だ)、私たちはついつい真顔であなたの言葉を訂正してしまう。それがどんなにあなたに自信を喪わせ、心許ない気持ちにさせるかわかっていながら。

ああ、バカバカ! 父と私のバカ! 何が「事実」だ! 母にとって「小倉に遊びに行く」のが彼女の「事実」なら、それでいいじゃないか! 「客観性」なんて、アルツハイマー患者にとって何の薬にもならないんだよ!

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