庶民出身という低い身分から国王エドワード4世の王妃となったエリザベス・クレイとは、どんな女性だったのだろうか。
ひとつ確実なのは、彼女がかなりの美人だったという事である。
彼女がエドワード4世に見初められたきっかけは、戦争で失った土地を返して欲しいと王に直訴した時だと言われている。
当時そのような訴えは少なからずあっただろうが、彼女の低い身分を考えると王が耳を貸す確率などほとんどゼロに近かったに違いない。
なのに直訴を敢行したというのは、よほどの強気である。
私が思うに、おそらく彼女は自分の美貌にかなりの自信があり、女好きと評判の王の気を引くつもり満々だったのではないか。
そう、彼女は最初から、土地の返還ではなく王を手に入れるのが目当てだったと思うのだ。
平たく言えば、彼女は王をたらし込む気であった。
そして、その狙いはまんまと成功したわけだ。
シェークスピアによると、直訴に来た彼女の美しさに目を奪われた王がさっそく口説き始めたところ、彼女は「あなたの愛人になるくらいなら牢に入った方がマシ」と毅然と拒否したそうだ。
これまた、随分と強気な発言ではないか。
いくら彼女が誇り高い女性だからって、相手は王様だぞ?
ここで私が思い起こすのは、ヘンリー8世に対してアン・ブーリンが取った戦略だ。
彼女もまたエリザベス・クレイと同様、王に言い寄られても、なかなか身体を許さなかった。
側室ではなく王妃の座を狙っていたからだ。
とはいえ、ヘンリー8世には既に妻のキャサリン妃がいるし、カトリックでは離婚を許さないので、彼女が王妃になれる確率は限りなく低かった。
おとなしく愛人になっておくのが普通のやり方だったのだ。
が、アンはそこで一か八かの賭けに出る。
「正式な結婚相手にしか身体を許す気はありません」といういかにも貞節な言い訳で王の誘いを躱し続け、ますます躍起となって彼女を欲しがった王はついにカトリックに反抗して離婚を敢行したのであった。
アン・ブーリンの作戦勝ちである。
まぁ、その後の彼女の悲惨な末路(浮気を疑われてヘンリー8世に斬首された)を想うと、この一か八かの賭けに勝った事が吉だったのか凶だったのかは何とも言えない。
が、最終的には彼女の産んだ娘が王位を継いで初代エリザベス女王となるのだから、自分の遺伝子を王室に残すという偉業は成し遂げたわけだ。
アン・ブーリンがヘンリー8世に対して取ったこの「セックスを結婚の交換条件にする」作戦は、エリザベス・クレイを参考にしたのではないかと私は勝手に想像している。
庶民の女が王妃になるという離れワザは、王を離婚させるに匹敵するほどの快挙だ。
アン・ブーリンが自身のとてつもない野望を成功させるために、かのエリザベス・クレイを手本にしたとしてもおかしくない。
もちろん、エリザベス・クレイが正式に結婚するまでエドワード4世とセックスしなかったという証拠はないし、むしろセックスしていたと考えた方が自然だろう。
二児の母親だったエリザベス・クレイはどうせ処女じゃなかったし、アン・ブーリンほどもったいつける必要もなかったと思われる。
が、問題は、そこじゃないのだ。
「すぐにセックスさせない事で己の性的価値を吊り上げる」商法である。
世の男権的な価値観が女に処女性や貞節さを強いてきたという批判はよく耳にするし、私自身も「ヤリマンへの不当な侮蔑」など女に対する性的抑圧を好まない。
が、その一方で、エリザベス・クレイやアン・ブーリンのように貞節さの値を吊り上げてきた女たちも存在するのは確かである。
男の独占欲や支配欲を利用して「なかなかヤラセない女は価値が高い」と思わせる事に、
女の方も積極的に加担してきたのだ。
むろん、男が権力の座にいるからこそ、このような「女の値を吊り上げる」商法が生まれるわけで、そもそも女が権力の座にいれば貞淑さなど問題ではなくなるではないかという意見もあろう。
その場合は、むしろ男の方が「なかなかヤラセない」商法を取り入れるのだろうか?
そんな事はない、と、私は思う。
それはホストとキャバ嬢の遣り口の違いを見ても明らかだ。
ホストは金を引っ張れると睨んだ女と早々に寝るが、キャバ嬢はなかなか寝ないで金を引っ張る。
女は寝た相手に情が湧くけど、男は寝てしまうと関心が薄れるからだ。
これはたぶん男女の生殖の在り方の違いだろう。
男の遺伝子はより多くの女に子を産ませたいと望み、女の遺伝子は安泰な環境での出産と育児を望むため男を確保しようとする。
だから男はいったん寝てしまうとたちまち他の女に目移りし、女は寝た男に情と執着を持ち始めるのだ。
我々が「愛」だと思っているものの正体は、このような遺伝子の望みに過ぎない。
したがって、「なかなかヤラセない」商法は、女が男に対して使う方が効果的である。