女王様のご生還 VOL.196 中村うさぎ

エロ表現の規制も言葉狩りも、その本質は「隠蔽」と「排除」である。

性的刺激を与えるエロい表現物を子供の目から隠そう、差別を含んだ言葉をなくしてしまおう、という考えだ。

しかし、そんな隠蔽や排除で性的欲求や差別意識が消え失せるのか?

そんなものは単に「臭いものに蓋をする」だけの行為であり、蓋を取ればそこに相変わらずの性的欲求や差別意識がどろどろと渦巻いているに決まっているではないか。

この世からエロい本や映像がなくなっても、子供は放っておいてもそのうち発情する。

差別的な言葉を一掃しても、特定の対象への侮蔑や嫌悪の感情はなくならない。

隠蔽や排除では何も解決しないのである。



そもそもエロや暴力の表現を規制すべきと主張する人々は一様に「子供を守る」という大義名分を掲げるが、子供の好奇心や欲動を抑え込む行為は本当に彼らを守っているのかと私は疑問に思う。

エロに惹かれるのは自然な性的好奇心であり、暴力にカタルシスを感じるのもまた人間の本質的な習性である。

それを否定してしまったら、子供の成長の妨げになるのではないか?

エロや暴力の存在を隠蔽するのではなく、エロや暴力の衝動をどうコントロールするかを教える方が重要なのではないかと愚考する次第である。



また、少年向けのエロ表現物には女性に対する差別が含まれていると批判する声もある。

おっぱいやパンティをチラつかせる表現は「女性を性的に扱う表現であり、それは女性差別だ」というものだ。

しかし、異性愛者の男性が女性を性的な対象として見るのはきわめて自然なことであり、それ自体は差別でも何でもないと私は思う。

問題は、その性的欲求をコントロールせず、公共の場などで発現させてしまう行為だ。

痴漢やレイプやセクハラは、男性の性的欲求に罪があるのではなく、その欲求を制御しない幼稚さにある。

「あれが欲しい」と思ったらその欲求に従って強奪したり盗んだりするのは幼児のうちだけだ。

成長して社会のルールを教え込まれると、どんなに欲しくても他人のものに手を出してはいけないと自分を制御するようになる。

金が欲しくても銀行強盗や空き巣を働いてはならない。

それと同様に、目の前に魅力的な女性がいても、その女性の身体は本人のものであり、許可もなく触ったり強奪したりしてはいけないのである。

つまり、これらの性的強奪行為は社会性の問題であり、性的欲求自体を批判するのは筋違いだ。



少年漫画にエロい表現があると「女性差別だ」と怒る人々は、すべての男性が去勢されて女性に性的関心を抱かないような世界を理想としているのだろうか?

まぁ、どんな世界を理想にしようと本人の勝手だが、そこに被害者が出てはいけないと私は考える。

男性から性的欲求や性的好奇心を奪うのも、ひとつの強奪行為ではないか?

女性が安心して女性のままでいられるように、男性もまた安心して男性のままでいられる世界が望ましいんじゃないのかなぁ。

生き物として埋め込まれた本能である性欲を摘み取るのではなく、社会性によって本能をコントロールする術を教えればいいだけのことでしょ。

それはほら、性欲に限らず「盗み」や「殺人」や「詐欺」といった行為を禁じるのと同じことだもの。

「欲しい物を手に入れる快感」「憎い相手をこの世から排除したい願望」「他者を利用して自分だけが利益を得る喜び」といった欲動自体は人間に本質的に備わっているものだから、これを禁じても効果はない。

そういう欲動はあくまで妄想の中でだけ発散させて、現実の社会では他者を傷つけないよう己を制御する訓練にこそ意味があるのだ。

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