今日も怪獣日和 第13回「意外!『イノセンス』に怪人反応あり」

 鳴り物入りで公開された押井守監督のアニメ映画『イノセンス』。もうご覧になっただろうか? 黄昏れた圧巻の映像美、人間がそのままではいられない時代のテツガク的な内容などなど必見である。

 まっとうな映像史的評価はさておいて、物語に登場するほぼ全員がサイボーグなので、これは怪物化した人間しか出て来ない「怪人映画」として観ることもできるかもしれない──そんなうがった見方以前に、この映画にはベタな「怪人反応」があるのだ! 特撮ファンなら爆笑のキャラが登場するのである。これを確かめるだけでも劇場に足をはこぶ価値がある。

 当該箇所は、派手ハデな暴力団対主人公バトーの銃撃戦シークエンスである。ここでは身体ごと暴力装置で義体化した末に、文字通りの「アブナイ人びと」となったヤクザが集団で登場。怒濤の攻撃を加え、物静かにしめやかに進んできた映画のトーンを打ち破って一気にテンションを高めていく。暴力描写の念の入り方、「やばそうな」ムードの出し方たるや、日本のアニメ技術はついにヤクザ映画ですら表現可能な地点に到達したのかと、奇妙な感動が誘われる。

 さて、このシークエンスの頂点が問題の場面だ。事件捜査中に浮かび上がった本ボシ“ヤクザの用心棒”のおでましだ。二回目に観ると伏線が散りばめられていて、モニターのコレはアレのことだったのか? と悪い冗談に登場前から笑みがこぼれてしまうのだが……。

 その犯人の正体とは……言っても信じてくれないかもしれないが、改造人間「カニ男」なのである。特撮誌だから遊んでそう呼んでいるわけではない。オフィシャルムックにも「通称カニ男」って書いてあるんだって。

 凶悪な曲線がウネりまくってフォルムが構成され、研ぎすまされた光沢を放つ金属製の鋭利なナイフ。それが二本合わさってカニバサミとなり、大男サイボーグの右腕に装着されている──こいつが「センセイ、どうぞ」とばかりにドアをぶち破って登場してくる。デストロンのハサミジャガーもビックリのインパクトだ。

 そいつの発する「ぶるるるっ!ぶるうっ!」という深みのある渋い唸り声……ああっ、この声は特撮ファンなら御存知の怪人声優、飯塚昭三さんではないかっ! これは確信犯としか思えない。捜査中、軍用のパーツ流出だの何だの言ってはいるが、このおぞましいハサミを軍は何にどう使うっていうの? 「出自に困った設定があれば軍事開発されたものとする」というのってSFアニメの王道?

 残念ながら怪人カニ男の登場はかなり短いのだが、ほかにも映画全体に思っていたよりも見応えのあるアクションシーンが多く入っていて、ラスト間近の肉弾戦もサービス精神が行き届き、ブッちぎっている。ぜひご確認を。

 4月中旬からは『アップルシード』も公開され、別の意味で注目だ。これはアニメキャラに見えるポリゴンモデルに人間の動きをトレースするモーション・キャプチャーを適用した作品である(「3Dライブアニメ」と宣伝されている)。

 『イノセンス』のように日本最先端のアニメーターたちが総結集して描いたアニメとは土俵からして違うのだが、意外にアニメ風にも見えて、このラインが流行するのではと思っている。

 が、ここでは少し違う角度の紹介をしておきたい。主人公のデュナンが謎の女性型アンドロイド部隊に襲われ、暗殺されそうになるシークエンスがある。このキャラだけはアニメ風のトゥーンシェード処理ではなく、メタル的な光沢を持たせているのだが……。なんと任務に失敗した彼女たちは、自壊してしまうのである。これは時代劇の王道パターン“失敗した忍者が顔を潰して果てる”みたいに思えて、「ああ、伊上勝先生の脚本みたいだなあ」と暗闇の中で密かに笑ってしまった。

 今年は豪華な大予算のアニメ映画と「昔アニメ今特撮」のリメイク映画が目白押しで、エスカレートした高密度映像でお腹いっぱいになると予想される。次のハイテク映像の使い道とは、王道的でちょっとバカバカしいことを真っ正面から描くあたりに活路があるのかな、と無責任なことも考えてしまう、春の映画であった。

【2004年3月8日脱稿】初出:「宇宙船」(朝日ソノラマ)