女王様のご生還 VOL.85 中村うさぎ

サイコパスについて、いくら考えてもわからない点がある。

サイコパスの特徴として、「他者との共感性の欠如」が挙げられるが、我々はそもそもどれくらいの共感性を持つのが「ノーマル」なのだろうか?



たとえば私はアスペルガーで、これまた他者との共感性が希薄だとされているが、誰ひとり同情しない相手の心情を推理して、ひとりで勝手に同情したりする場合がある。

そもそもメンヘラとかモンスターと呼ばれる人たちの心理に興味があるので、それを少しでも知りたくていろいろと想像を巡らせるわけだ。

そして、「たぶんこのような理由でこの人たちはこんな行動をするのだろう」という仮説を立て、「そういう心理は自分の中にもあるのではないか?」と己を振り返る。

すると、たいてい少しばかりは心当たりがあったりして、同情したくなってしまうのだ。

そんな私の目から見ると、世間の「正常な人々」は深く考察することもなく己を顧みることもなく、いとも簡単に他者を「理解不能な怪物」と断罪する。

もちろん、そんな相手に同情することなど一切ない。

みんなの共感性がその程度ならば、アスペやサイコパスが特別に共感性に欠けていると言われてもピンと来ない。



が、その一方、葬式や結婚式で自分ひとりが涙も流さず感動もせずにポカンとしていることも多々あって、そういう時は周りのすすり泣きを聞きながら「この人たち、なんで泣いてるんだろう? ここで泣くのが普通の人間なら、やっぱり私は普通じゃないのか?」などと考えてしまう。

まぁ、死者の遺族や結婚当事者の親が泣いたりするのはわからないでもないが、ただの友人とかが泣いてる理由がわからない。

それが共感性だと言うのなら、彼ら彼女らは誰に共感しているのだ?

ただ、その場の空気に酔ってもらい泣きしてるだけで、共感なんて本当はしてないんじゃないか?



サイコパスは他者の痛みに鈍感だから、平気で残酷な仕打ちをするという。

確かに一部の連続殺人者の所業は残酷極まりないし被害者への共感も同情も一切ないように見える。

彼らにとって被害者はただの物に過ぎない。だから、平気で殺せる。

しかし、それなら鹿狩りなどのハンティングをする人たちはどうなのだ?

私には生き物を殺す趣味はないので、食糧でもなければ衣服の素材にするでもなく、ただの娯楽で鹿を追い回して撃ち殺す人々の快感がよくわからない。

鹿がかわいそうじゃないかと思ってしまうのだが、相手は人間じゃなくて鹿だから共感や同情の必要はないのか?

意味もなく追い回されて殺される鹿の恐怖を想像できない人間が、他者の痛みに共感なんて本当にできるのか?

みんな「人の命や権利は尊重しなきゃ」とか口で言ってるけど、他者を心から尊重してる人なんているの?

この続きを見るには

(707文字)

¥200(税込)

購入して続きを読む