女王様のご生還 VOL.111 中村うさぎ

「ゲーム・オブ・スローンズ」最終シーズンが始まり、ファンたちを喜ばせているが、その中でヒロインのひとりであるサンサ役を演じた女優が自分の台詞をツイッターで批判して話題になった。



ざっくり説明すると、サンサは北の名家に生まれたお姫様なのだが、父が陰謀によって殺された後、大人たちの政治に利用されて何度も政略結婚させられ、レイプや虐待などさんざんな目に遭わされながらも生き抜いてきた女性である。

そのサンサが最終シーズンで自分の半生を振り返り、「リトルフィンガー(彼女を政治的に利用して過酷な結婚を強いた人物)やラムジー(彼女を虐待した夫)がいなければ、私はずっと籠の中の小鳥だったわ」と言う。

その台詞が要するに「レイプや虐待を経験しなければ女は強くなれないとでも言うのか。そんな経験をしなくても女は強くなれる。これは女性に対する暴力を肯定している」という論調で批判されているわけである。



アホか。

べつにこの台詞は「レイプしてくれてありがとう」って意味ではないだろう。

レイプや虐待というのは、本人が悪いわけでもないのに襲いかかる不幸である。

そんな不幸を体験せずに済むならそれに越したことはないが、中には体験してしまう女性たちもいる。

これはもう厳然たる事実であろう。

癌になんかなりたくないけどなってしまう人がいるのと同じことだ。



問題は、そういう「自分ではどうしようもない不幸」を体験してしまった場合、それをどう受け止めて生きていくか、という本人の姿勢である。

加害者のみならず男という生き物をすべて憎んで生きていく人もいれば、傷を癒すために「あれは愛だったのだ」という解釈で記憶を書き換える人もいる。

どの方法が正しいとかではなく、当事者がそれぞれのやり方で不幸な体験を乗り越えようとするわけだ。



サンサの場合は「あの過酷な体験すら私は糧にしたわ」と言いたかったのだろう、と私は感じた。

監督や脚本家の意図は知らないが(単にサンサを強がる女性として描いただけなのかもしれない)、少なくとも私は、もし目の前で同じ台詞を言う女性がいたら「ああ、この人はこうやって残酷な人生と折り合いをつけようと戦っているんだなぁ」と思うだろうし、決して彼女が「レイプされてよかったわ」なんて言っているとは考えない。

そんなの、当たり前じゃないか!



たとえば私はご存知のように病気で足が不自由になった。

しかしまぁ、足が不自由になったことで学んだことや気づいたことはいっぱいあったと思う。

が、だからといって「足が不自由になってよかったわ」などと喜んでるわけじゃないし、時間を巻き戻して病気をなかったことにできるのなら大歓迎だ。

しかし、時間は巻き戻せない。

我々はその事実も受け容れなければならないのだ。

起きたことはもう仕方ないと考え、じゃあどうすればいいかというと、不幸な体験を記憶から消すか、「よかったこと」として書き換えるか、あるいは、その体験が自分をどう変えたのかをじっくり考えるか、それくらいしか選択肢がないではないか。

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