女王様のご生還 VOL.99 中村うさぎ

先週はメルマガお休みして申し訳ありませんでした。

このところ、どうにも体調が思わしくないんだけど、どこが痛いとか熱が出たとかじゃなく、ただただ身体がだるくて、眠ってばかりいるんだよね。

老人は眠りが浅いというが本当にそのとおりで、熟睡できないから目を覚ましても全然寝た気がしない。

起きても頭がボーッとしていて、またすぐ睡魔に襲われて眠ってしまう。

そうして浅い眠りを繰り返し、気づくと一日の大半をベッドでうつらうつらしている、という状態だ。



3歳くらいまで父方の祖母と同居していたが、彼女もまた一日中、布団の中で寝たり起きたりしていた。

ものすごく年寄りだったという記憶があるが、考えてみると60代半ばくらいで、今の私とたいして年が違わない。

心臓が弱いとの話だったが、死因は老衰と聞いている。

60代半ばで老衰死なんて信じられないが、私もこの調子だとあと数年で寝たまま死んでしまうかもしれない。



浅い眠りの中で、淡い夢をたくさん見る。

たいていは意味のない、綿菓子みたいにすぐ溶ける他愛ない夢だ。

夢は脳内のアセチルコリンという物質が見せるのだと、ドラマの「CSI」で科学者が言っていた。

アセチルコリンは脳の視覚や運動や感情中枢を刺激して、夢の中でも現実のようにありありと物を見たり、飛んだり走ったり泣いたり笑ったりという体験をさせる。

確かに夢の中って、ものすごく感情が増幅される気がする。

大笑いしてる夢の最中で目を覚まして思い返してみると、べつに面白くも何ともない話で、なんであんなに笑ってたんだろうと首を傾げることがよくある。

また、睡眠中は理性や記憶に繋がる神経も遮断されているので、荒唐無稽なことが起きても不思議に思わなかったり、夢の内容をすぐに忘れてしまうのだそうだ。



じゃあ、目覚めている人間にアセチルコリンを投与したらどうなるのだろう?

脳の視覚や感情中枢が刺激されて、「見えるはずのないもの」が見えたり、異様に感情が高ぶったりするのだろうか?

まるで統合失調症省患者の幻覚や、霊能者がトランス状態になって霊視するように?

そう、脳の専門家でもない私が素人考えでこんなことを言うのは軽率極まりないが、私は霊能者の霊視を、我々が夢を見ている時と同じ現象が脳内で起きているのではないかと感じている。

彼ら彼女らは決して嘘つきなのではない。

本当に見えたり聞こえたりしているのだが、それがあくまで自分の脳内の体験であることを自覚できないだけではないか?

一度、霊を見ている人の脳の状態を調べてみて欲しい。



幻覚といえば、心肺停止になる前の二週間ほど、私も「そこにいない誰か」を見たり会話したりしていたらしい。

当時書いた原稿の中に「あの人」と呼ばれる人物が出てくるのだが、それが誰なのか、今の私にはさっぱりわからない。

で、私はどうやらその人物と「生きる」と約束したらしいのだ。

自分が二週間後に心肺停止することなど知らなかったはずなのに、わざわざ生きる約束などを、いったい誰と交わしていたのだろう?

また、夫の話によると、心肺停止による三日間の昏睡状態から目覚めた時、私は「誰かに帰ってこいって言われたから帰ってきた」と言ったらしい。

夫が「それ誰?ワタシ?」と尋ねたら「あなたじゃなかったけど、男の人の声だった」と答えたという。

その「男の人」が誰だったのか、ものすごく知りたい。

どうせ実在する人物などではなく、死にかかっていた私の脳が見せた夢に違いないのだが、それでも私はいったいどんな人物を想定していたのか、ひどく興味があるのだ。

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