女王様のご生還 VOL.8 中村うさぎ

2ヶ月に1回くらい、私に「春の嵐」がやってくる。

理屈もクソもなく、世界を呪い他人を呪い、何より自分自身を呪って死にたくなり、ヒステリーを起こして荒れ狂う。



気の毒なのは、夫だ。

完全に八つ当たりの対象にされて日頃の言動を責め立てられ、何を言っても聞く耳持たずに泣き喚く妻にほとほと疲れ果てて黙り込んでしまう。

黙ったら黙ったで「なんで黙るのよ! 言いたいことあるんなら言いなさいよ!」と詰め寄られ、言い返したら言い返したで殊更に捻じ曲げた解釈をされて「ほら、やっぱりあんたは私が重荷なんでしょ! こんなひとりで歩けないような女の面倒を見させられて、心底ウンザリしてるんでしょ! ずっとそう思ってたの、知ってるんだから! いいわよ、解放してあげるわよ!

 離婚しましょう! 別々に暮らして、あんたは自由に生きなさいよ!」などと畳みかけるようになじられ、「わかった。離婚しようね」と言うまで許してもらえない。



離婚したら、夫には行く場所がない。

日本に帰化していないから、自動的に香港に戻される身となる。

それを知っててこんなことを言うんだから、私は相当に意地の悪い女だ。

もちろん心の底から離婚したいなどとは思ってないのだが、「春の嵐」の最中には半ば本気で言っている。



私は自分ひとりではどこにも行けない不甲斐ない自分の身体が呪わしい。

夫を養えるほどの稼ぎがなくなった自分が憎い。

おめおめと生きて、夫に一方的に介護されている自分が許せない。

こんな私じゃなかったのに! こんなの私であるはずがない! 誰か別の人間だ! 死んでしまえばいいのに! 早く死んじゃってくれれば、みんな楽になるのに!

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