女王様のご生還 VOL.46 中村うさぎ

両親が上京して、3ヶ月ぶりに母親に会った。

認知症はますます進行し、いきなり激昂したかと思えば打って変わって穏やかになり、機嫌よく冗談など飛ばして笑ってみせたりもする。

目の前で別人のように人格がころころ変わる彼女を見ながら、「さて、この人の元々の人格はどれだろう」などと考えていた。

私の知っている母親は、激昂することなど滅多にない、どちらかというとおとなしい性格だった。つまらないことでプリプリ怒ることもあったが、怒声をあげたり罵声を浴びせたりはしない。不機嫌な顔をしてツンケンするだけだ。まあ、幼い頃は、それでも充分に恐かったが(笑)。



しかしボケてからの彼女は、頻繁にキレるようになった。怒り始めると被害妄想丸出しで「みんなが私をバカにして悪口を言ってる」だの「二人(←父と私)でこっそりと悪い相談をしている」などと決めつけ、悔しさのあまり身を震わせながら「私はどこも悪くない! なのに、みんなして私が変だということにしたいのね! なら、いいわよ! 死んでやる!」とまで口走る。「じゃあ死ねよ」と危うく言いそうになった私も相当な鬼畜だが、一瞬、本気で「そんなに死にたいなら死ねばいい」という気持ちになった。

死ぬ気もないくせに「死んでやる」なんて言う人間は嫌いだ。私は一時期、本気で死にたかったのに、死に損なった。それが今でも心残りで、あの時に死ねなかったのが人生最大の失敗だと思っているくらいなのに、ただただ他人に罪悪感を与えたいだけのために「死ぬ」とか言うな! そんなに簡単に死ねるんなら、私が代わりに死にたいわい!



と、実の母親に対して、それも認知症で理性を失っている老人相手に、こんなことを腹の底で考える私は根っから薄情なのだろう。自分がどうしてこんなに母親に対して残酷になれるのか、自分でもわからない。もともと他人に対して冷淡な人間ではあるが、この女はおまえの母親だぞ、中村! 育ててもらった恩を忘れたか!(←じつは忘れた)

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