アベノミクスは80点! 竹中平蔵教授が斬る!~再出発のアベノミクス総点検~【日経CNBC】

ゲスト:竹中平蔵(慶應義塾大学名誉教授  東洋大学教授)

事業規模28兆円超の経済対策の効果は? 第3次安倍再改造内閣「経済チーム」の実力は? そしてマーケットのゆくえは? 竹中平蔵教授をゲストに迎え、再スタートしたアベノミクスを徹底検証します。(放映日:2016年8月8日)



八木ひとみ:さて、ここからは昼エクスプレス特別企画「竹中平蔵教授が斬る!~再出発のアベノミクス総点検~」と題しまして、竹中平蔵慶應義塾大学名誉教授、東洋大学教授をお招きいたしました。竹中さん、よろしくお願いいたします。

竹中平蔵:よろしくお願いします。

八木:そしてここからは、日経CNBCシニアコメンテーターの大石さんにも加わっていただきます。よろしくお願いします。

大石信行:よろしくお願いします。

八木:さて、大石さん。先週発表された経済対策についての評価から伺う、ということですね。

大石:そうですね。グラフがありますけれども、この前発表された経済対策というのは、事業規模で28兆円ということで、麻生さんのリーマン・ショック後の規模には敵わないんですが、安倍さんになってからはこれまでで最大ということなんですが、一方で真水の財政支出は7.5兆円とか、消費ではインパクトに欠けるのではないか、という声もあるんですが、ここでぜひ竹中さんにどのような評価なのかということで、先程点数をつけていただいたんですが……80点。わりといい点数ですね。

竹中:はい、そうです。政治、政策というのは思い通りにいきませんから、100点からは程遠いんですけれど。80点というのは、そういう中でよく考えている……と言うとちょっと上から目線になりますけれども、よいプランを立てている、というふうに申し上げて良いのではないかと思います。

大石:なるほど。具体的なメニューとしては、リニア新幹線全線開通8年前倒し。前回竹中さんに出ていただいた時には、同時開業せよ、というような提言もされていたんですが、この中で評価できるようなものっていうのは何かございますか?

竹中:まず、中身以前に規模の問題ですけれども、20数兆円という数字そのものにはほとんど意味がありません真水がどれだけか、ということが経済刺激には重要なんですが、真水が7兆円とか6兆円とかっていう数字が出た時、私は大変びっくりしたんですね。これはありえないと。

何故ならば、内閣府の試算では需給ギャップが5.5兆円ですから、需給ギャップを上回るようなものっていうのはありえないですよね。これはトリックがあって、今回の補正予算と来年の補正予算を足していて……。だから、期間を長く見ているわけですね。今年度に関して言うならば、約4兆円ということなんですね。需給ギャップが5.5兆円で、それで4兆円。いわゆる、財務省が最初に持ってきたお金っていうのは、決算剰余金と言いますけれども、1.7兆円くらいなんですよ。そこからどれだけ積み上げるかというところに注目して、5兆円の需給ギャップだから3は超えてほしいよね、4を超えられるかな、というところだったんですけれども、真水が年度に関して4兆円ということですから。これはまあ、そんなに悪い規模ではないんですね。表面上の数字に惑わされないで、その中身を見るということがまず第一点です。

中身に関しては、これはなかなか難しい。何故ならば、今やらなきゃいけないのは、この間の6月2日に閣議決定された政策の内容を見ますと、例えば保育士さんの給料を上げるとか、保母さんの給料を上げるとか、そういうことで消費を還元しましょうということなんですが、実はこのような給料を上げるということは、実は年度の経常の予算でやらなきゃいけないことで、補正予算のワンショットでできる問題ではないんですよ。だから今回の予算編成は、非常に難しかったと私は思います。苦労したと思います。その中でどうしても、例えば低所得の高齢者に1人1万5000円渡して、そのために3500億も使うのかと。ばら撒きじゃないかという批判も出てくるし、どうしてもそういうものも入ってこざるを得なかったと思います。

ただ、インバウンドが増えていますので、それ対応の公共投資をやる、インフラ投資をやる。こういうものには意味があると思うんですね。それと、予算だけではなくて、制度改革に少し言及していまして。そしてその中で、今回も後で議論する内閣改造にも絡みますけれども、働き方の改革を同時に進めていこうっていうのも入ってきている。そういう点は、趣旨として前向きに評価できると思います。

大石:なるほど。今お話が出た、働き方の改革ということで言いますと、これは新しく担当大臣になられた加藤さんが、記者会見の中で、実行計画を作ると。そしてこういうポイントでやっていく、というふうなお話をされていたんですが、ここのポイントっていうのは評価していいんでしょうか?

竹中:まずですね、この問題を取り上げたということが、評価できることだと思うんですね。実は労働基準法の改正案というものが、過去2回の国会で両方とも成立しないで潰されていて。この秋の臨時国会でやるのか、ということが当然問題になったんですが、内閣は早い時期にそれを諦めたと思いますね。そうではなくて、もっと抜本的な労働市場改革の議論を今年中に詰めて、来年の通常国会に勝負をかけて、もう少し大きな労働市場改革をやる。私はこの姿勢は間違っていないと思うんですね。

面白いのは、この同一労働同一賃金。これはかつてオランダでやって、オランダ革命と言われたわけですけれど、この言葉を安倍総理が今年の施政方針演説で使いました。実は私はその時たまたまダボス会議に出ていたんですけれども、このニュースが流れた途端に、前のアメリカの大統領経済諮問委員長のローラ・タイソンが私のところにきまして、「本当に日本はこんなことができるのか?」と。「これをやったらすごい」というふうに言ったのを覚えています。

何が基本的な問題かと言いますと、日本の経済がなかなか強くならない最大の理由は、いわゆる新陳代謝が弱いから。新しくできる会社も少ないし、退出していく会社も少ない。新陳代謝を高めない限り、いい経営者が入ってきて悪い産業から良い産業に労働者が移らない限り、経済は強くならないんですよ。だから良い経営者を選ぶためのコーポレート・ガバナンスと、労働者を生産性の低いところから高いところに移す労働市場改革。これがない限り日本の経済は強くならないわけです。まさに新陳代謝。メタボリズムというものがキーワードで。

コーポレート・ガバナンス改革は、去年一応やったんですよね。東証の基準を変えて。残されたのがこの問題で。これに今度、正面から取り組むというメッセージ。これは少し前向きに評価したらいいと思います。難しいと思いますけれども、評価したらいいと思います。

大石:となりますと、時間がかかるというお話ですが、外国人投資家が日本のマーケットを見る目も、かなり変わってくるということですよね。

竹中:当然のことながら、変わってくると思います。ただし、ドイツでこういう改革を、シュレーダー政権で2000年頃にやっているんですが、効果が出るまでに7年かかったというふうに言われているんですね。そういう意味では投資家にも一種の我慢強さ、patienceを求めたいと思います。ここで1つ重要なのが、同一労働同一賃金って当たり前だと思いますよね? 実は非正規と言われる、例えば派遣の人達の間では、同一労働同一賃金って既に実現しているんですよね。

実はこの問題が何を意味するかというと、正規雇用こそ変わらなきゃいけないっていうことなんです。イメージとしては、正規と非正規……この言葉も私は非常に差別的だと思いますけれども、正規と非正規があって、非正規の給料を上げるというふうなイメージで捉えがちですけれども、本当は非正規の人の給料を上げますけれども、正規のもらい過ぎの人は下げないと。そういう、まさに痛みをともなう改革ができないと前には進めない、ということなんですよね。

崔真淑:ドイツで7年かかったということなんですけれども、最近アベノミクスが更に続くんじゃないかとか、自民党総裁の任期が延びるんじゃないかとか、そういう話が出てきているんですけれど、この実現は可能性としてあると思いますか?

竹中:まずはご承知のように、自民党総裁の期間というのは1期3年で2期まで。トータルで6年。だから、小泉内閣も5年5ヶ月で終わったわけですね。ですがこれは党の内規ですから、憲法で決められているわけでも、法律で決められているわけでもないので。党のトップが安倍さんですから、その気になれば形の上はできなくはないということだとは思います。ただし、なかなか政治的には難しいという面があると思うんですね。

やはり政治家というのは、それぞれの自己実現意欲をすごく強く持っているわけで。今は皆さん安倍さんについているけれども、任期を延ばすということになると、その時どういう波乱が出るか。これは予測はできません。中曽根内閣の時に短期間、それを1回やっていますけれども、今言われている2018年からオリンピックの2020年までの2年とかっていうことになると、こういう例はなかなかない。可能性はもちろんありますし、理屈の上ではできますけれども、そのハードルはなかなか高いのかな、というふうに思います。

大石:今の安倍政権を支えているのは、竹中さんのお考えだと、野党が不甲斐ないというようなところが……。

竹中:そうですね……。「安倍内閣の政策を評価しますか?」というと、わりと厳しい答えが出てきますよね、アンケート調査では。じゃあ「安倍内閣を支持しますか?」というと、非常に高い支持が出てきますよね。このギャップは何なんだということは、安倍内閣以外にないよねと。特にやはり、民主党政権の時にさんざん酷い政策をやって、それの悪夢がまだ……ナイトメアが残っているので、当面安倍さんに頑張ってもらうしかないよな、というふうに思います。だから、ちょっとシニカルに言えば、安倍内閣を最大に支えているのは民進党であるというふうに思います。

大石:これは、蓮舫さんが代表になっても変わらないんですか?

竹中:それはまあ、蓮舫さんが何をやられるかということですから。それはそれでやっぱり健全な野党がないと与党も良くならないから、しっかりしてほしいと思いますけれども。私はやはり、国民が求めているのはポピュリズムではない、改革できる安定した保守的な力なんだと思うんですね。自民党がものすごく改革的かというと、必ずしもそうではない面がある。民主党には改革を期待したけれども、改革できなかった。そういうことに対して、やはり違うんだというメッセージが出ないと、なかなか難しいんでしょうね。

大石:視聴者の方からも、内閣改造を受けて、特に経済新チームの布陣の意味というものを教えてほしい、という声があるんですけれども。実際に麻生さんとか官房長官、そして石原さんというのは変わっていない。ただ、世耕さんが経済産業大臣、そして山本幸三地方創生大臣、いわゆるリフレ派と言われる方たちが入ったりとか。自民党でも、わりと財政積極派の方が要職に就かれているところなどが指摘されるんですが、このあたりはどういうふうにご覧になっているんですか?

竹中:まずは自民党、今の安倍内閣に対する支持率は極めて高いと。かつ選挙でも勝っている。こういう状況では、総理としては当然のことながら、骨格は変えたくない。骨格を大幅に変えようというような動機は、やっぱり当然ないですよね。だから経済再生、アベノミクスの強化を前面に出しますけれども、実はコアの部分というのはかなり今までのままだと。それに対して一部のメディアが「新味がない」とか、いろいろな批判をするわけですけれども、私はそれでも新味はあると思います。

経済産業大臣の世耕さんの名前を挙げられましたが、今の内閣は徹底した経済産業省主導の内閣なんですね。総理の取り巻きは、ほとんど経済産業省の現職OBで占められていて、実は安倍総理のお父さんの安倍晋太郎さんも、経済産業大臣をやられている。逆に言うと、大蔵大臣はなっておられないわけです。だから経済産業省との繋がりが極めて強い。本当に安倍さんの腹心中の腹心の世耕さんを経済産業大臣に据えて、TPPもありますけれども、そこを中心にやっていこうという姿がすごく強く見られる。そこは頑張って欲しいと思いますね。

それともう1つ。これは意外と認識されていないんですが、今度実は山本幸三大臣が、規制改革と特区を両方担当することになったんですね。実は規制改革は、成長戦略の一丁目一番地で極めて重要です。で、規制改革をやらなきゃいけないけど、なかなか難しい。その場合、その特殊例として特区でやろうねと。だから規制改革と特区というものは、本来一体のものなわけです。現実に小泉内閣の時は1人の大臣、1つの事務局でやっていたんです。ところが安倍内閣になってから、これがいろんな政治的理由があって、分かれてしまった。非常にここがギクシャクとは言いませんが、必ずしも整合的ではなかった。今度安倍内閣になって、初めてこれが1人の大臣のもとで、1人の司令塔のもとで一緒になる。ここはやはり、私は山本大臣には是非頑張って、そこを上手くやってほしい。

同時に、もう1つ。これもあまり世間的には話題にならないんですが、これを支える民間議員による規制改革会議があります。この規制改革会議が、実は任期が来て全面入れ替えの時期なんですね。この人事がどうなるか。規制改革会議といえば、かつてはオリックスの宮内さん郵船の草刈さんのような、大変立派な委員長がおられた。……規制会議って難しいんですよ。本当に制作のことをわかっていなければいけないし、堂々と政府や官僚とやりあう気力を持っていなきゃいけないし……民間の人って、どうしても逃げちゃうところがあるんですよね。だから、そういう立派な人が、ちゃんと委員長に座れるか。そういう人を山本さんが任命するか。やっぱりそこが当面、私はすごく注目に値するところだと思いますね。

大石都知事が変わったことも、実は大きい関係があるということで。

竹中:実は東京というのは、日本のGDPの2割を占めます。東京が変われば日本も変わる。今度の小池知事は東京を大改造して、特区を活用して、それで東京都民の生活も豊かにするし、東京を強くするということを公約に掲げたわけですね。マスコミが今度の都知事選の3候補で、政策の違いがないって言っていたんですけれど、政策はものすごく違ったと思いますよ。小池さんは明確にこういうことを言っていたので。

実はこれ、見方によってはアベノミクスに対する追い風なんですね。自民党は選挙では別の方を推薦したわけですけれども。やっぱり選挙って、すごくいろんなしこりも残りますけれども、そういうものを超えてWin-Winの関係を作って、東京が頑張って改革する。それが国政に反映される。そうすると、都知事が頑張ることが安倍総理にとってもいいことになる。そういう好循環を作っていけるチャンスはあるんだと、私は思っています。

:ということは、東京都知事と自民党の摩擦というものが気になると思うんですが、これも徐々に収束していくと見ていいですか?

竹中:まあ、政治ですからね。そんなに簡単に収束しないという面もある。だから今度幹事長になった二階さんっていうのは、やっぱり懐の深い政治家ですよね。そこに小池さんが行った時に、全面否定しないで「しかし時間がかかる」というふうに言っていて。時間がかかるということは、すぐには上手くいかないということ。しかし、時間をかければ上手くいくよっていうメッセージでもある。安倍さんも二階さんも菅さんも非常に長けた政治家だし、小池さんも非常に経験のある政治家だから、そこは阿吽の呼吸で、そういうムードを作っていってほしいなと思います。

大石:視聴者の方からも、日銀の政策、そして最近いろいろと話題になったヘリコプターマネーの功罪について、ぜひ竹中さんのお話を伺いたいという声があるんですが。日銀に対しては、先月末の金融政策決定が結構小粒だという批判もあるんですが、そのへんはどういうふうにご覧になっていますか?

竹中:私は日銀にちょっと同情している面があります。今やっぱり先進国は成熟して、投資機会が少なくなってきて、貯蓄と投資を均衡させる自然利子率がマイナスに既になっているという計測が、サンフランシスコ連銀から出されているんですね。この中で上手くやっていくためには、2つのことをやらなきゃいけない。1つは金利を徹底的に下げるマイナス金利がそれです。同時に、投資機会を増やすための構造改革をしなければいけない。これは政府の仕事です。でもこの構造改革、特に規制改革は必ずしも進んでいない。そうすると何が起こるかというと、金融機関の収益だけが圧迫される。金融機関の方は、だから日銀の政策に今不満を持っているわけです。

私は金融機関の人には、黒田さんに文句を言うんじゃなくて、規制改革が遅いということで、政府に文句を言ったほうがいいよと。そういう中で今回の措置になったわけで。もう一段の政策の強化を、政府が規制改革を進めるということに合わせて、日銀がやっていくと。それまではやはり私は、一種の我慢が必要だと思いますね。

大石:なるほど。政府が、という話ですね。

竹中:はい。

八木:さて、まだまだお話を伺いたいところなんですけれども、残念ながらお時間となってまいりました。3ヶ月ぶりのご登場でしたが、ありがとうございました。

竹中:はい、ありがとうございました。

八木:ここまで竹中さんに、「竹中平蔵教授が斬る!~再出発のアベノミクス総点検~」と題して、お話を伺ってまいりました。質問をお寄せいただいた皆様、そして竹中さん、改めましてありがとうございました。

竹中:ありがとうございました。



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