女王様のご生還 VOL.275 中村うさぎ

一昨年の夏に知人が死んでいた事を今さらながら知った。

石田千尋という名前の陰陽師だ。

「ちひろちゃん」と呼んでいた。

ちひろちゃんは非常にインパクトのある人物だったので、交流があったのはもう30年くらい前だけれども、今でもその姿をありありと鮮明に思い出せる。

真夏でもスリーピースのスーツに身を包み、ステッキを持ち歩いていた。

初めて会った時「マジシャンですか?」と訊いてしまったほど、そのいでたちは異彩を放っていた。

「マジシャンではありません。陰陽師です」という返答が返って来た時も、あまりに予想外過ぎてぶっ飛んだ。

陰陽師! いるんだ、本当に!

ちひろちゃんは若い男の子が大好きだったので、何人かの友人は彼の家に招待されたり食事を奢ってもらったりしていた。

ちなみに私は家に招かれた事も食事を奢ってもらった事もない。

ただ彼がものすごく退屈している時にホテル・オークラに呼び出されて一緒にお茶したり、電話で式神を飛ばされたり(笑)した程度だが、それはそれで結構楽しかった記憶がある。

だってさ、電話で式神飛ばしてくる友人とか、めっちゃ面白いじゃん?

そんな感じで一時期、ちょっと仲良くしていたのだが、霊能力などを信じない私はなんとなく胡散臭く感じて、いつの間にか距離を置いてしまった。

その後、彼は「平成の陰陽師」という触れ込みでTV出演などしていたようだけど、TVを観ない私は彼の活躍をよく知らない。



仲良くしていた当時、彼は非常に羽振りがよかった。

常に財布の中に百万円くらいの現金を持っていると友人が言っていたが、それもまた私には胡散臭く思えた。

多額の現金を持ち歩く人間を私は信用しない。

誰がどう考えても不用心なのにわざわざ現金を持ち歩く人間は、クレジットカードを持っていない可能性が高いからだ。

金持ちなのにクレジットカードを持たないのは、カード嫌いの人か、カード会社に申告できる適切な収入証明書のない人間だと推測される。

前者はともかく、後者の場合は「収入源を公けにできない人間」だということになり、非常に怪しい。

そんなわけで、彼を「胡散臭い人」と決めつけた私は、妙な事に利用されたり巻き込まれたりするのを忌避するために距離を置いたのであった。



その「ちひろちゃん」が一昨年の夏に変死していたと聞いて、少々動揺した。

亡くなった時のちひろちゃんは、住んでいた渋谷の豪邸も手放して、無一文で友人宅に居候していたという。

私がちひろちゃんと会った頃、彼は代々木のマンションに住んでいた。

このマンションはちひろちゃんの自慢で、電話してくる時にも毎回「代々木のちひろでございます」と名乗っていたほどだ。

普通に「石田千尋です」と言えばいいのに、わざわざ「代々木の~」をつけるのは、代々木に住んでる事がよっぽど誇らしかったのだろう。

そのマンションを手放して渋谷の豪邸を購入したものの、最後にはその豪邸も差し押さえられていたというのだから、ものすごい大転落だ。

しかしまぁ、かく言う私も往年の羽振りの良さはどこへやらの凋落ぶりであるから、彼を嗤える立場じゃ全然ない。

むしろ「ちひろちゃん、おまえもか」という侘しい気持ちになったくらいである。

にしても「変死」とは、どういう事か。

自殺なのか病死なのか事故死なのか、それとも……?

「陰陽師」という仕事柄、「呪い殺された」と見る向きもあるようだが、霊現象を信じない私はもちろんその説を支持しない。

ただ、元ラノベ作家としては「呪い殺されたんだとしたら面白いなぁ」などと不謹慎な事を考えてしまうのだ。

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