女王様のご生還 VOL.190 中村うさぎ

先日、女子プロレスラーのアジャ・コングと食事をしていた席で「試合中に咄嗟にあの技を使おうとか、相手がこう来たらこう返そうとか、なんであんな瞬時に決断実行できるの?」という質問が出た。

するとアジャはこともなげに「うーん。頭の中でイメージすれば、そのとおりに身体が動くだけだよ」と答えたのだが、運動音痴の私はその返答にひどく感心してしまった。



だって、私、脳内でイメージしたとおりに身体が動かないもん!

プロレスの技とかそんな難しい動きじゃなくて、日常生活の作業でもそれができない。

普通に歩いてるつもりでもいきなり転んだり、テーブルの上のコップを掴もうとして倒してしまったり、物や人にぶつかったりというミスが多いのは、脳内の身体イメージと実際の身体の動きが連動してないからだろう。

以前、バレエを習っていた時も、身体が硬いのはもちろんだが、何より教えられた動きを再現できない自分に失望した。

頭の中ではなんとなくイメージできてるんだが、身体がそのとおりに動かない。

運動神経が鈍いというのは、脳と身体の連携の問題なのだ。



そういえば、私は音痴なんだけど、これもまた同じ現象だ。

脳内のメロディを正確に再現できず、音程がずれたりリズムが狂ったりする。

脳と声帯がうまく連動していないのだ。

「絶対音感」のある人はきっと、耳で聞いた音を正確に脳内で再現でき、なおかつそれを正確に歌ったり演奏したりできるのだろう。



絵の上手い人もきっとそうだ。

脳内のイメージを紙やキャンバスに正確に再現できる。

私なんか、たとえば猫を描こうとしても、頭に浮かんでいる猫の姿をうまく写し取れず、なんだか奇妙な生物になってしまう。

なるほど、あらゆる才能や特技は、脳と身体の連動がうまくできるかにかかっているのか!

私の運動神経や音感や絵心が壊滅的なのは、脳と身体を繋ぐパイプが弱いからなのだろう。



いや、それだけではない。

私はアジャのように脳内で身体の動きをイメージすることができない。

つまり、身体の「再現力」だけでなく、脳の「イメージ力」も劣っているのだ。

たとえばプロレスラーの場合、試合中に瞬時に的確な動きをしなくてはならない。

相手の攻撃をどう避けるか、避けた後にどう体勢を建て直し、どんな反撃をするか、そんなことを秒で考えなくてはならないのだ。

脳内ではめまぐるしくイメージが構築され更新されているのだろう。

意識が追いつくスピードじゃないから、たぶん、ほぼ無意識に脳がイメージして身体に命令しているに違いない。

そう、この「無意識」こそが重要な役割を果たしているのではないか。



以前、池谷裕二先生と対談していた時に、面白い事を教えてくれた。

「私たちは通常、心の中で『ああ、喉が渇いた。目の前の水を飲もう』と思ってから手を伸ばしてコップを取っているつもりでしょう? でも、じつは違うんです。心の中で『水を飲もう』と思うより数秒早く、脳は既に身体に『手を伸ばしてコップを取れ』と命令しているのですよ」

これはつまり、我々が「水を飲もう」と思うよりも早く、脳は水を飲むイメージを身体に伝えている、という事だろう。

水を飲もうと「思う」のは意思であり、意識だ。

だから、喉の渇きを意識し水を飲もうという意思を持つその前段階で、既に我々の無意識は身体に命令しているのだ。

アジャが試合中に秒速で次の動きを決定するのは、「こう動こう」という明確な意思を持つ前に脳内で無意識に動きがイメージされ、そのイメージが身体に瞬時に伝わっているからなのである。

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