女王様のご生還 VOL.160 中村うさぎ

前回に引き続き、映画「愚行録」の登場人物について考察しようと思う。

今回はかなりのネタバレを含むので、映画をまだ観てなくて楽しみにしてる人は読まない方がいいと思う。

だが、ネタバレなくして、この登場人物を語ることは不可能なのだ。

どうか、許して欲しい。



この映画の謳い文句は「三度の衝撃」である。

そのうちのひとつは前回明かしたように、「一家惨殺事件」の真犯人だ。

「え、この人が犯人!?」と確かに驚くが、その驚きはあくまで「意外な犯人」だからではなく、「無茶な犯人」だからだ。



私がラノベ作家だった頃、「読者の予想を裏切れ。だが読者の期待は裏切るな」と言われた。

これは大切なことだと思う。

読者が簡単に予想できるような、いわゆる「予定調和」な物語なんて面白くも何ともない。

あくまで読者を驚かせ楽しませなくてはエンターテインメントとして成立しないのだ。

だが、読者の予想を裏切る驚きの仕掛けやどんでん返しは必要だとしても、読者が「ええー、何それ」とガッカリしてしまっては意味がない。

そんな驚きは誰も期待してないのだ。

読者が充分に納得し、「してやられた!」と膝を打つ快感あってこその「驚きの仕掛け」なのである。

したがって読者の予想は裏切らなくてはならないが、決して期待を裏切ってはならない。

これはなかなか難しい。



この「愚行録」は観客を三回驚かせるという。

だが一回目の「驚き」は、私にとって期待外れだった。

では、二回目と三回目の「驚き」は?

はい、ものすごく驚きました。

驚いたし、ここで一気に主人公に引き寄せられた。

この物語の主人公である雑誌記者が単なる「狂言回し」ではなかったと悟るからである。



では、ネタバレ行きます。



10年前の「一家惨殺事件」をもう一度取材したいと熱意を燃やす主人公は、被害者夫婦の知人や友人たちにインタビューして回る。

彼ら彼女らから話を聞くにつれ、被害者たちのろくでもない本性が露わになり、同時に語り手の浅ましさや愚かさをも浮き彫りにしていく。

この過程がなかなか面白いのだが、主人公である記者は終始淡々としており、どんなに醜悪な話を聞いても感情を見せない。

まあ、それは記者として当然の態度であろうから不自然ではないのだが、その彼がいきなりインタビュー相手を撲殺するシーンでがらりと様相が変わってくるのだ。

この撲殺シーンが「二度目の驚き」である。

意味が全くわからないから、観客はただただ唖然とする。



え、なんで?

なんでいきなり殺すの?



彼に殺された女性が語ったのは、被害者(妻の方)の大学時代の話だった。

彼女(妻)は大学で、付属校から上がってきたお金持ちのお坊ちゃんグループに取り入るために、同級生の女子を彼らの慰み者に斡旋するという、いわば女衒のようなことをしていたのだった。

そして、彼女によって選ばれ、お坊ちゃんたちの「都合いいセックス相手」として消費されたのが、主人公の妹であった。

そう、我が子をネグレクトして死なせ、今は拘置所にいるあの妹である。

妹は被害者妻と同じ大学の同級生で、男たちにいいように弄ばれた末に捨てられるという、まるでセックス人形のような扱いを受けたのだった。

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