女王様のご生還 VOL.178 中村うさぎ

思春期くらいの頃からずっと、こたつでぬくぬくとしてミカン食べて満足してるような人生は嫌だと思っていた。

寒くても外に飛び出し、冒険をして、たとえ痛い目や苦しい目に遭っても最終的には何かを手に入れるような生き方に憧れた。

で、50歳くらいまではそうやって生きてきたし、そこにまったく悔いはないのだが、今はもうそんな気力も体力も失って、それこそ毎日こたつでミカン食ってるような日々である。

いつもそばに優しい夫が寄り添ってくれてるし、これといった事件もなく時間が漫然と過ぎていくのはそれなりに居心地がいい。

年のせいか病気のせいかわからないが、最終的に私の人生は、昔の自分が堕落と見做して決して許さなかった安寧に行き着いてしまった。



しかも、その安寧と引き換えに、私は確実に「表現欲」を失った。

書きたい事もなければ言いたい事もない。

世間に認めて欲しいという気持ちもなくなった。

そもそも私は世間に顔を知られる事が目的ではなく、自分の生き方を伝えたかっただけだ。

そんな私の承認欲求はエッセイを書くという行為で十二分に満たされていた。

だからTVに出るのは昔から嫌いだったのに、何度もしつこく依頼されてコメンテイターを引き受けた結果、やっぱり嫌な思い出しか残らなかった。

TVなんかに出ると、私の本など読んだこともない人たちから「観てますよー」とか「ファンですー」とか言われて、それが不快で仕方なかった。

私が何者で、どんな考え方や生き方をしていて、何を書いているのかも知らずに「ファンです」なんてよく言えたものだ。

それなら、何を書いてるかちゃんと読んで理解したうえで反発し、私を嫌っているアンチファンの方がまだましである。



私の考え方や生き方に批判的な人がいるのは当然だ。

そういう人たちにまで理解してもらおうとは思わないし、ましてや好きになってもらう必要性も感じない。

その人たちと私とはずっと平行線のままで、交わることなく別々の価値観で生きていればいいではないか。

不愉快なのは、テレビで顔を知っているだけで私を知ったつもりになっている人々だ。

で、そういう人たちの中には異様に図々しい人もいて、メアドを教えろなどと平気で言ってくる。

え、なんで知らない人にメアド教えなきゃいけないの?

友達でも知り合いでもないんだよ?



TVで顔を知られるという事は、このような不快な人たちに知り合い面されるという事なのだった。

本当にいい事なんかひとつもない。

声をかけて来るまではしなくても、どこかで私を見かけて「男と一緒だった」とか「どこで何を食ってた」とか、いちいちネットに書き込まずにいられない人たちもいた。

そんな情報、何の役に立つんだよ(笑)。

世間って本当にバカみたいだと思った。

元々傲慢な私は、それ以来、世間を見下すようになった。

よくない傾向である。

だが本当にバカみたいな人や厚かましい人に頻繁に出会うと、軽蔑せずにはいられない。

私はどんどん人嫌いになっていき、それもこれもすべては自分がTVなんかに出たせいだと己を呪ったものである。

出たくて出たんならともかく、出たくもないのに出て嫌な目に遭ってりゃ世話ないよ。

この続きを見るには

(1,029文字)

¥250(税込)

購入して続きを読む