女王様のご生還 VOL.133 中村うさぎ

ある時期から、私は自分の仕事の上で不可欠だった大切な資質を失ってしまったと思う。

それは「ユーモア」である。

私の書くものには笑いがない。

昔は人を笑わせるために書いてたようなところがあったのに、いつ頃からか、笑いの欠片もなくなった。

これはいったい何故なんだろう?

今でも笑うのは好きだし、自分のジョークに人が笑ってくれると嬉しい。

でも、以前ほどジョークも言わなくなったし、人が私のジョークに笑ってくれるかどうかもどうでもよくなってしまった。



ユーモアを失うのもひとつの老化現象だろうか、などと考えていたら、こないだモンティ・パイソンのジョン・クリードがインタビューで「人は老人になると笑わなくなるよね」と言ってるのを聞いて、「あのコメディの王様ジョン・クリードまでもかー!」と驚き、かつ何やらやるせない気分になってしまった。

ジョン・クリードは続けて「年取るとジョークのネタもほとんど知り尽くしてるから、先にオチが予測できちゃって、ちょっとやそっとのことでは笑わなくなるんだ」と言っていたが、私はコメディアンの彼ほどジョークのネタに精通してるわけでもないし、笑わなくなった理由はそこじゃない気がする。



よくよく考えてみると、笑い以外に私が失ったものは「驚き」である。

それこそ、ちょっとやそっとのことでは驚かなくなった。

驚きを失うことと笑いを失うことは密接に繋がってると思う。

何故なら、人は予測を超えた自体が起きると、怯えるか笑うか、どちらかの反応を示す生き物だからだ。

モンティ・パイソンのコントなんて、その典型だよね。

最初は日常の会話から始まるんだけど、相手が突然あまりにも想定外のハチャメチャな言動に出るから、観てる方は「えええーっ!」と驚きながら笑ってしまう。



驚きを失くすというのは、子どもの心をなくすということでもある。

子どもの頃は物を知らないからしょっちゅう驚いてたし、そのたびに怯えたり笑ったりしてた。

今思えば本当にくだらないことでも腹の底から笑い転げてた。

でも、もう、あの時みたいに笑えない。

私はいったいいつから笑いを失ったんだろう?



33歳でライトノベルを書き始めた頃、私の作風はギャグ小説だった。

本当にくだらないギャグを次から次に思いつき、ほぼコントで話を繋げていた。

ラノベからエッセイに転向した頃も、とににかく自分のアホな買い物が面白くてたまらず、それを笑い飛ばすのが当時の私の作風だったと思う。

あまり笑える内容じゃなくなってきたのは、ホストに痛い目に遭った頃からかもしれない。

デリヘルだってもっと面白く書こうと思えば書けたのに、どんどんシリアスな内容になっていった。

自分の中の闇を掘り下げるのに夢中になってたら、いつの間にか笑いの精神を忘れてしまったのだ。

そのうえ、買い物、ホスト、美容整形、デリヘルと立て続けに新しい体験を積んだおかげで、もはや何事にも驚かなくなってしまった。

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