女王様のご生還 VOL.93 中村うさぎ

ツイッターを長らくサボっているので全然知らなかったのだが、どうやら私のインタビュー記事がプチ炎上してたらしい(笑)。

人づてに聞いた話では、そのインタビューの中で私が「LGBTにしろフェミニズムにしろ、一部の人たちが過激化してる」ことを批判したのが原因だったようだ。



自分の意見が絶対的に正しいとも思ってないし、批判や反論が出ることに対しては「そりゃまあ、反対意見もあるよな」くらいにしか思わないのだが、ちょっと面白かったのは誰かが私のことを「中村うさぎは伏見憲明のバーで洗脳されて右傾化してる」みたいなことを言ってたそうで、これまで自分を右翼とも左翼とも思ってなかった私は「ああ、こういう人ってどうして他人を右だの左だのってレッテル張らなきゃ気が済まないのかなぁ」と薄笑いとともにため息つかずにはいられなかった。



洗脳されたと言い切るくらいだから、その人は私の発言が明らかに変わったと思っているようだが、そのインタビュー記事で語ったことは私がずいぶん前から言ってることだ。

同じことを言ってたのに、当時、私はネットで「左寄り」と、これまた勝手に決めつけられていた。

言っとくが、私は右でも左でもなく、常に「私」である。

それ以上でもそれ以下でもない。



「私という病」を書いた時は、「中村さんはフェミニストですね」と言われたりもしたけど、私は自分の個人的な気持ちを書いただけで、本の中で一度も「フェミニスト」を名乗ってはない。

私の著書をフェミニズムの文脈で読むのは読者の自由だが。「フェミニスト」のレッテルは謹んで返上させていただく。

その後、私が「表現の自由」を唱えて一部のフェミニスト(彼女たちは自ら「フェミニスト」を名乗っているので、そう呼ばれても異存あるまい)の表現規制活動を批判した時、やはり「中村はフェミニストからアンチフェミに転向した」などと、まるで裏切り者みたいに言われた。

だーかーらぁ、私は「フェミニスト」だったことはないし、今でも一部のフェミに対して異論を述べてるだけで「アンチフェミ」になった覚えもないのよ。

どうしてみんな、「白じゃなければ黒」みたいに他人を二分割したがるの?

「白でも黒でもない人」もいれば「白でありながら黒の人」もいるし、「中間のグレイ層」もたくさんいるでしょ。

それが「多様性」ってやつじゃないの?



お題目みたいに「多様性」を唱えてる運動家たちが、他人をたった二つのタイプに分けたがるのって、すごく面白い現象だ。

人間は基本的に「二元論」を好む生き物なのだろうか。

自分がその「二元論」に属せない場合のみ「多様性」を主張する……ずいぶんご都合主義な多様性であるが、おそらくそれが彼らの「多様性」の正体なのだろう。

笑っちゃうよね。



人間は相手が何者かをはっきりさせないと居心地が悪い。

それは古代に見知らぬ相手と遭遇した時に「敵かも味方か」を判断しないと危険だったからかもしれない。

「敵か、味方か」……これが人間の一番根源的な二元論だとすると、その後の「善か悪か」「右か左か」などといったレッテル張りもすべてその派生だということがわかる。

要するに彼らの二分割は、思想の問題ではなく、自分の「敵か味方か」というきわめてプリミティブな分け方なのだ。

その証拠に、「敵」とみなせば全力で攻撃し、「味方」とみなせばそいつが何をやろうが徹底的に擁護し隠蔽工作にまで関わり、最初は味方だと勝手に思っていた相手が自分の言動を批判するや「裏切り者」「転向者」とみなして激昂する。

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