【特集記事】アニメパッケージ作品と家庭でのシアター高画質再生

●家庭用ビデオデッキから すべてが始まった

 家庭用録画再生機器とアニメパッケージの変遷に関して、アニメファンにとってどんな訴求ポイントがあったのか、70年代後半から現在までの歩みを駆け足で振り返ってみたい。

 まず家庭用ビデオデッキはベータマックスが1975年4月、VHSが1976年5月に1号機が発売されたことで普及が始まり、同時に家電業界を2つに割る規格戦争が始まった。1970年代後半からアニメファンは20万円を超える初期のビデオデッキを購入し、3000~4000円もする2時間テープでエアチェックを始めた。これを前提に1980年代から「ビデオパッケージの時代」が本格化する。AV機器初期の起爆剤が「アダルトとアニメ」という説は有名だが、両者は「放送で入手できないもの」という共通項で結ばれる。そしてアニメファンの方は「高画質の追求」を開始し、機器もそれに応えて進化した。

 アニメは「動くテストパターン」とも呼ばれる。構図や動き、色や光の効果や細部の描きこみなど映像内すべてのものに「作りこまれた意図」があり、クオリティの優劣が鑑賞者の反応に直結するからだ。多くのアニメファンが「画質の向上」に資金を投じてAV機器の向上を求め、ハイバンドベータ、EDベータ、S-VHS、D-VHSなど録画機器の規格向上に食らいついていく。一方でエアチェックは電波受信感度次第でゴーストが出るなど画質劣化が起きやすく、メーカー直送パッケージ購入に意欲を燃やすようになるのも当然の成り行きだった。

 その究極の媒体が、「再生専用ディスク」によるパッケージ販売である。そこにも発生した規格競争でレーザーディスク(LD)がVHD方式に圧勝したのも、摩耗しない非接触の光ディスクだったからだ。これは同じコンテンツを何度も鑑賞して楽しむアニメファンにとって最適だ。製品の登場は意外に早く、コンパクトディスク(CD)より約1年先んじる1981年10月である。ベータ、VHSは水平解像度220本程度なのに対し、はるかに凌駕する300本以上(当初)の高解像度で、しかもランダムアクセスで見せ場へ直接ジャンプできる理想の媒体と受け入れられた。

●レーザーディスク時代はBOXで飛翔

 ただしLDソフト初期はほとんど映画である。TVの映画枠ではカットされるし、画角もセンタートリミングで欠損があり得る。アニメでは1983年末に非アダルトで初のオリジナルビデオアニメ(OVA)『ダロス』の発売が決定打となった。さらに1987年には『うる星やつら』の全話収録のLD-BOXの発売が追い打ちをかける。4年間の長期放送を完全収録した50枚組、33万円・予約限定3000セットという超高額商品にもかかわらず完売。後に追加ロットが3000セット出るが、リリース形式と莫大な売り上げ(合計20億円)が注目され、「BOX形式」の草分けとなった。この商品はネガテレシネ、磁気素材の音声と放送より高品質であることをアピールしたのも注目すべき利点だ。加えて1988年の『機動警察パトレイバー』が30分4800円で「全6話(TV1/2クール相当)」シリーズ形式を確立し、進化を加速させた。

 80年代後半から90年代が「LDの時代」であったことは間違いない。LDは主流化以後も進化を続け、1987年ごろマスターに近い水平解像度420本を実現。1989年にはCDと同等の高音質のデジタル音声を収録可能となり、やがて両面自動再生で連続鑑賞も可能となっていく。バブル経済期でもあり、2.0chのドルビーステレオに対応したサラウンドアンプが提供され始め、20インチを超える大型TV受像器も売り上げを伸ばした。ホームシアター時代の到来は、LDの進化とともに拡大した。

 バンダイビジュアルが1987年のガイナックスによる劇場映画『王立宇宙軍 オネアミスの翼』を製作、1988年の大友克洋が自身のマンガを監督として劇場アニメ化した『AKIRA』など、時代の要請に応える大型企画もこの時期に生まれているが、共通するのは「未曾有のハイクオリティ」である。特に『AKIRA』は製作委員会にはパイオニアLDCも加わっていて、S-VHSソフトも発売されているため、高画質時代の中核にいたコンテンツと言える。

●パッケージ購入が招いたハイクオリティ時代

 1990年代は「パッケージ購入」が一般化した流れを受け、「収集の時代」に入る。旧作のLD-BOXリリースも盛んになり、中でも『機動戦士Zガンダム』『装甲騎兵ボトムズ』のヒットはメーカー側の認識を刷新した。80年代のティーンも成長すれば就職して可処分所得を持つ。高品質商品には投資を惜しまないユーザー層の実在が判明したからである。

 そんなユーザーの大半は独身男性のため、「美少女アニメ」への急速なシフトも進む。1992年にはパイオニアLDCが自社コンテンツのOVA『天地無用! 魎皇鬼』をスタート、さらに1993年にはKSSが「ハイ・クオリティ・アニメ」をキャッチコピーにOVA『ああっ女神さまっ!』をリリースし、両者ともヒットする。「SFファンタジー的設定の美少女が少年の家に突然落ちてきて同居が始まるラブコメ」という点で『うる星やつら』と同じ文脈上にあることは言うまでもない。1992年にはTVで『美少女戦士セーラームーン』もヒット。これらが黎明期のネットコミュニケーション「パソコン通信」で話題となり、「萌え」というキーワードが発生した。

 「メカと美少女」は1982年の『超時空要塞マクロス』で確立した男性ファン向け黄金律だが、「メカ」もハイクオリティ化が急速に発達する。1991年スタートの『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』は全13話のOVAで、メカ描写やキャラの演技を濃厚かつ緻密に高めて圧巻の高クオリティを獲得した。同作のスタッフは後に『カウボーイビバップ』('98)を作るが、高性能の再生環境やホームシアターで画面の隅々までアニメを鑑賞するユーザーの高度な要求に応える「ハイクオリティ主義」は、アニメのクリエイション、受容、ビジネスの流れに大きな影響をあたえていく。

 そのブレイクスルーは1995年に集中している。たとえば押井守監督とProduction I.G製作による映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』は作家性、メカ描写、戦うヒロインと三拍子そろった作品だが、海外での評価が高まった結果、後のビジネスに大きく影響をあたえることになる。国内最大級のヒットは同年秋からTVアニメとしてスタートした『新世紀エヴァンゲリオン』だ。庵野秀明監督とガイナックスによる同作は、セーラームーンやガンダム、あるいはウルトラマンなど過去のヒット作を研究分析してベースを構築。そこに精神分析や哲学、神学や先端のバイオ技術など不可思議なアイテムを詰め込めるだけ詰め込み、先鋭的な映像やセリフで心の奥底に斬りこむ。「何度見返しても楽しめる」という点で絵柄の緻密さとは異なる次元のハイクオリティを実現し、パッケージ購買の理想的な動機づけを実現した。

 1996年から『エヴァ』のブームはサブカルチャー層を経由して一般層に波及する。1997年の劇場映画化時、宣伝目的でTV版再放送を深夜枠でしたところ、さらに商品が動いたため、「製作委員会を形成して資金を収集して深夜枠でアニメを放送、パッケージでリクープ(回収)する」という「深夜アニメ」という形態が完成した。それも「ハイクオリティ主義」が背景にあってのことである。

●デジタル革命がもたらした新メディアDVD

 同じ1995年に「Windows 95」を中心とする「デジタル革命」が訪れる。パソコン、インターネットが生活や仕事、教育面で必須となっていく。AV再生環境にとっても、デジタルは何もかもを刷新していった。

 1996年にはDVDプレイヤーの商用リリースが始まる。CDと同サイズで画像再生ができるということで、収納の問題で二の足をふんでいたユーザーも「パッケージの購買・収集」に動き始めた。DVDはMPEG2方式で映像が圧縮され、当初はエンコード技術もブロックノイズを多発していた。だがデジタルの世界では処理性能、記録容量などすべてが「ドッグ・イヤー」で急速進化する。S/N的にもクリアに見えるDVDは「パキッとした感じ」が求められるアニメファンの好みにマッチしていたため、歓迎されたのである。

 DVDは容量の限り総合的な収録を可能とした点も、魅力的に受けとめられた。1990年代前半から映画では洋画中心に音声記録の2.0chからドルビーデジタル、DTS、SDDSといったデジタル記録へ推移し、5.1chサラウンド音響が標準となった。LDではこれに対応する記録方式(AAC)を採用したが、外部コンバーターが必要など仕様追加にも限界がみえていた。DVDではモノラル、ステレオ2.0ch、5.1chサラウンドと全方位的に対応し、プレイヤーとアンプとの結合も光ファイバ経由で簡便だった。サラウンドアンプもDSPチップの全世界的な量産効果で低廉化し、サブウーハー含めたシステムも10万円以下で構築可能となっていく。

 アニメでは永らく2.0chが主流であったが、デジタル革命へ対応したタイトルがパッケージでリリースされる。それがGONZO制作・前田真宏監督による1997年のOVA『青の6号』である。同作は人物が2D、メカや海面・海中描写の大半が3DCGというハイブリッド式の表現をとり、音響も5.1chをいち早く採用した。フルデジタル時代の先駆的な作品である。

 並行して1998年以後に『王立宇宙軍』『機動警察パトレイバー』の劇場版2本劇場版『機動戦士ガンダム』3部作(特別編)など旧作の5.1ch音響リニューアルが進む。セリフや効果音単独の素材が破棄されていたり、5.1chサラウンドの音響設計はアンビエント重視で定位の思想が抜本から異なるため、ガンダム3部作では完全新規の音響制作を試行するなど、ユーザー環境の高度化に対応して、さまざまな試みがなされたのもこの時期だ。

 デジタル化によってプロジェクターや大型テレビも次第に低廉化し、音響・映像ともにホームシアター化もかなり容易になった。細部まで作り込んであるハイクオリティアニメは、ゴージャスでリッチな気分にさせるキラーコンテンツとして機能し、5.1ch化は違いの分かりやすい買い換えの推進剤となったのである。

●HD化に対応する高画質のBlu-ray Disc

 こうして20世紀末のデジタル革命によってアニメをとりまく環境は一変した。制作自体も1998年から2003年ごろにかけて、一部作品以外はフルデジタルへと移行した。同時期に米国中心のDVD輸出も堅調となり、膨大なタイトル数のアニメ作品が主に深夜帯を中心に放送されるようになっていく。並行して2011年の地上波デジタル放送への完全移行が射程にはいり、NHKやWOWOWではいち早くHDに対応したアニメ放送を開始した。「スクランブル放送」や「ペイ・パー・ビュー」など多チャンネル化時代に、やはりアニメコンテンツは原動力となっている。SDであってもワイド画角の制作も、次第に増えていく。ワイドTV受像器(アナログ)の普及に対し、DVDではスクイーズ収録機能で対応できることから、先行投資的に16:9画角とした作品群である。

 劇場では2004年がデジタル化とアニメの関係上、ひとつの節目となっている。押井守監督の『イノセンス』、大友克洋監督の『スチームボーイ』、宮崎駿監督の『ハウルの動く城』と巨匠の大作が3本そろい、これからデジタル技術をどう使いこなしていくか、三者三様の答えが提示された年であった。モーションキャプチャ技術をCGアニメに適用した荒牧伸志監督の『アップルシード』も同年の公開で、技術的にはここが分水嶺だ。また、この時期からハードディスク録画が一般化し、それによって視聴や保存の考え方も変化をせまられていく。

 デジタル化によってアニメも使える色数が増え、ディテールの描きこみ以外にも特殊フィルタをかけるなど、情報量を増やす方向へと進む。こうしたスーパーリッチコンテンツの受け皿として、HDに対応する次世代光ディスクが期待されたが、HD-DVDとBlu-ray Discの2規格に分かれて争いが起きたのは不幸なことだった。その間にブロードバンド環境は行き渡り、YouTubeなどネット配信が急速に台頭してブログなど誰もが情報発信できるネット文化を前提に「コミュニケーションツールとしてのアニメ」という新たな楽しみ方が開拓された。そこから出た2006年の大ヒット作が京都アニメーション制作の『涼宮ハルヒの憂鬱』だ。

 ここでも問題とされたのはクオリティである。『ハルヒ』は同時期のTVアニメ作品に比べ、明らかに一線を画した作画・演出のレベルであった。その結果、ネット上の「高額商品にふさわしい品質かどうか」という会話で、ハルヒが基準になってしまった。違法含めたネット配信は全世界に拡がり、パッケージビジネスのサイズが大きくシュリンクする中で、より高いクオリティが求められるのも苦しい話だが、今もアニメクリエイターたちは要求に応えようと努力している。

 旧作のパッケージ化に関しては、デジタル化を前提にして画期的なマスタリング手法が日進月歩で開発され、この10数年は「リマスターブーム」である。中でも2002年からリニューアル版として再リリースされた『新世紀エヴァンゲリオン』はフィルムソースのパラ消し、揺れかガタつきのスタビライズ、ネガからの精密な情報トランスファー、厳密な色彩再現など、一線を画するものとなった。一方でLDマスターそのままをDVD化した作品も少なくなく、マスタリング技術も含めたトータルクオリティが問われるようになって現在に至る。

 劇場映画のHDパッケージのリリースは2007年ごろから開始された。新HDマスターと最新エンコードを適用した最高品質のDVDも同梱され、HD対応プレイヤーがなくとも将来投資となる商品形態もあったが、主流にはなっていない。HD時代の旧作リリースは、セルアニメではセルカゲやセル上のホコリが目立ち、背景との質感があらわになり過ぎるなどの問題があり、SDのデジタルマスター作品では60iで制作したため、単純なアップコンではBlu-rayにマッチしないなど、さまざまな問題があるが、ベターな形へと日々、改善が進んでいる。

 深夜アニメのBlu-ray化で初のヒット作となったのは2008年の『マクロスF(フロンティア)』からだ。これもメカをすべて3DCGで描き、劇場映画並みの画面の作りこみという「HD画質にふさわしいリッチなクオリティ」があってこそのヒットであろう。そしてTVシリーズの素材を一部流用しつつ、新作として劇場映画化した『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズも2009年にBlu-ray化し、BDレコーダーといっしょに購入されるほどの定番コンテンツとなって大ヒットした。

 こうして数々のパラダイムシフトを乗りこえてきたアニメコンテンツは、いま現在でもBlu-ray売り上げの半数近くを占め、中心的存在として輝いている。それはエアチェック録画が始まった70年代以後、ずっとハード的な画質や制作クオリティに対して厳しい目を向け続け、同時に高額な投資を惜しまなかったアニメファンの高い意識に支えられてきた結果、到達した地平なのである。それは、画面内のあらゆる被写体がクリエイターの「意図」の産物であるアニメの宿した「魂」を精密に受け止めてともに楽しみたいという欲求の先鋭的な現れでもあり、ある種「理想的な受容」とも言える。

 送り手・受け手の距離の近さ、意識の共有という意味では、アニメコンテンツとユーザーは、AVの世界でベストパートナーなのかもしれない。

【2013年3月28日脱稿】初出:「月刊HiVi(ハイヴィ)」(ステレオサウンド刊)