女王様のご生還 VOL.222 中村うさぎ

母が死にかけてるという報せを受けて急遽帰省した私だが、ボケて衰弱した母の様子よりもさらに驚かされたのは、父の言動であった。



父は相変わらず人の話を聞かず、ひたすら饒舌に自分の話ばかりし続けるのであるが、まぁそれは昔からそういう人なので特に驚くには値しない。

が、驚くべきはその内容であった。

商社マン時代の思い出話をしながら、父がこんな事を言ったのだ。



「まぁ、アレだよ。女子社員にも一流大学出の子が何人もいたけど、能力は当然、男子の方が断然優れてるわけだから、女がいくらいい大学出ても何の意味もないよな」

「えっ!? 本気で言ってんの、そんなこと?」

「ああ、本気だよ。女なんてのは、そこらへんのおとなしい女子大でも出てりゃいいんだよ」

「えええーーーっ!?」

そ、そんな風に考えてたのかーー!

知らなかった、父親がそこまで女性を蔑視してたとは!



唖然として言葉を失った私であったが、父親は意に介さず、先を続ける。

「大学っていえば、おまえも随分、慶応に行きたがってたよな」

「うん」

当時、慶応、同志社、青学、成蹊大学に合格した私は、同志社に行って大阪で家族と暮らすか慶応に行ってひとり暮らしするかの選択において、迷わず慶応を選んだ。

なんたって、うるさい親から離れてひとり暮らしをしたかったからだ。

だが両親は「ひとり暮らしは心配だから」という理由で強く同志社を推し、挙句の果てに慶応の入学金支払いを拒否したので、経済的に親に頼らざるを得ない立場の私は半ば強引に同志社に行かされたのであった。

その時の父の言葉は今でもはっきりと覚えてる。

「お前はひとり暮らしなんかしたら絶対に堕落する!」

これであった。

その時は「失礼な!」と思ったものだが、今では「そのとおりだよ」と思っている。

元来、怠惰で流されやすく享楽的な私のことだ、ひとり暮らしなんかしてたらさっそく男と同棲して日夜セックスに明け暮れ、仕送りの金じゃ足りないからキャバクラでバイトを始め、大学なんか通わなくなってたに違いない。

なので、今の今まで「父の言い分にも一理ある」と思っていたのだ。

なのに、父の本音は……。



「あの時も俺は反対しただろ? そもそも女が慶応なんか行く必要ないんだよ。独り暮らしまでして、金はかかるし、何のメリットもない」

「がーーーーーん!!!!!」

そういう事だったのかーーーっ!!!

てっきり私は、ひとり暮らしなんかしたら堕落するに決まっている私の本性を父が慧眼にも見抜いて反対したのかと思っていた。

が、そもそも父は「女に高度な教育なんぞ必要ない」と思っていたのだ。

もっとジェンダーレスな人間だと思っていたのに、何じゃ、その時代錯誤的な男性優位思想は!

この発言によって、私は、これまでの父の言動を再解釈する必要に駆られた。

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