女王様のご生還 VOL.100 中村うさぎ

私の病気は「自己免疫疾患」なのだそうである。

本来は外部から侵入してきた異物を攻撃する免疫が、どこでどうとち狂ったのか、自分自身の細胞を攻撃してしまう、という現象だ。



この「自己免疫疾患」は圧倒的に女性に多い病気で、その原因は、女性の染色体にX染色体が二つあるからだ、という説を聞いた。

我々は「父親から受け継いだ染色体」と「母親から受け継いだ染色体」の二つがセットになっているわけだが、母親由来のX染色体から生まれたT細胞が、父親由来のX染色体から作られた他の細胞を「他者」と認識して攻撃する、という仕組みらしい。



つまりですね、体内で父の染色体と母の染色体が壮絶な夫婦喧嘩をしてるわけですよ。

面白いと思わない?

元々は二人の染色体を混ぜて作った子供なのにさ、どちらも「私」であるはずの染色体同士が「あんたなんか他人よ!」とばかりに夫婦喧嘩を始めたおかげで、私の健康な細胞が私自身によって破壊されているの。

そういえば認知症の母は、しばしば夫が赤の他人に見えて、「あなた誰ですか? 私の家から出て行ってください」などと言うようだが、それと同じことが細胞レベルで起きてるってことだ。



この話を聞きながら、「そもそも免疫ってのは、常に『私』と『私でないもの』を区別しており、『私でないもの』はすべて攻撃排除するシステムなんだなあ、と今さらながら興味深く感じた。

人間は、基本的に他者に対して非常に不寛容だ。

「他人に厳しく自分に甘い」などという表現をよく聞くが、それが人間の本質なのだと思う。

我々は「自分以外のもの」を恐れ、嫌悪し、排除したがる習性を持つ。

いわゆる「愛国心」なんてものも、国を「私の延長」と考えるからこそ生まれる感情だ。

だから、他国が今にも攻めてくるなどという猜疑心と恐怖に満ちた妄想を抱きがちなのだが、そもそも我々の体内で「私か、私でないものか」が生死を分かつ非常に重要な問題なのだと考えると、このような排他的な心情も腑に落ちる気がする。



我々は異物を嫌うようにできているのだ。

だから「多様性」とか「寛容」とか「博愛」なんてものは、しょせん、人間が作り出した理想に過ぎない。

我々の本能にはない概念なのだ。

が、だからといって、「多様性」や「寛容」や「博愛」が無駄だと言っているのではない。

さまざきな異分子同士が共存しなくてはならない「社会」においては、誰かが不当に差別されたり排除されたりすることのないよう、この理想をしかと維持しなくてはならない。

ただ、その維持は我々の本来の志向と相反するので、よほど自覚的に己を制する努力が必要となるのだ。

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