※2013年10月発売号の原稿です。当時公開の劇場映画レビューつきです。
【惹句】安彦良和の神話ファンタジー! 運命に翻弄される少年の成長を美麗な動きで描く。
●作家・安彦良和の描く太古の神々の抗争
1980年代はアニメ監督やアニメーターが作家として注目され、そのオリジナル映画が台頭した時代である。この『アリオン』も宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』に続き、『機動戦士ガンダム』で知られる安彦良和の作家性を世に問うために徳間書店が製作した映画だった。
主人公は神々の争いの渦中で生きることを運命づけられたティターンの少年アリオン。肉親殺しなど過酷な運命を経たその成長が激しく描かれていく。砂漠、地底、大海など舞台が推移するにつれて空気感あふれる背景美術にも大きな変化が描かれ、色彩的にも見応えあふれる作品だ。
原作は安彦良和が初連載した漫画で、ギリシア神話を題材にしている。ジャンルとしては「剣と魔法」のヒロイックファンタジー。獣人や幻獣などが存在する世界で、超常の能力をもつティターン王家の親族同士の覇権争いや確執が核として置かれている。
神話の世界でも骨肉の憎しみなど人の営みは変わらぬもの。過去をそうした普遍的な観点で解釈して再構築するアプローチは、安彦良和の歴史漫画における原点でもある。
何よりもアニメーター安彦良和の美麗なキャラ描写と、空間を縦横に駆使した流れるような肉弾アクションが存分に楽しめるのが最大の魅力である。画面を埋めつくす槍を掲げた甲冑兵士のモブシーン、走る馬や兵士、幻獣を一刀両断する剣戟など、なかなか他のアニメ作品では見られない史劇的スペクタクルシーンも満載。ぜひBlu-rayの高画質で味わってほしい。
●手を離したら天へと落ちる逆転の冒険ストーリー
今月の必見映画は『サカサマのパテマ』(11月9日公開)。『イヴの時間』で新鮮な感覚が高く評価された吉浦康裕監督による新作長編映画である。「空に落ちる」という大異変を経験した後の世界にサカサマの少女パテマが現れ、少年と出会うことで冒険が始まる。
古典的なボーイ・ミーツ・ガールの枠組みだが、パテマが何かにつかまったり手をつないでいないと「空に落ちそうになる」というビジュアルが斬新だ。世界がグルンと逆転する映像で、自分が信じていた固定観念も反転する。まさにアニメーションだけが可能とする感覚に充ちた意欲的な映像が満喫できる。
【2013年9月30日脱稿】初出:「月刊HiVi(ハイヴィ)」(ステレオサウンド刊)