女王様のご生還 VOL.147 中村うさぎ

私には数えきれないほどの欠点がある。

「短気」「軽率」「衝動的」「怠惰」「傲慢」「傍若無人」「僻みっぽい」などなど、こうやって思いつくままに列挙しているだけでもキリがないほどでウンザリしてしまうが、つい最近気づいて愕然とした欠点は「恩知らず」である。



私は本当に「人に感謝する」気持ちが薄い。

いや、一応感謝はするんだが、その恩をずっと忘れずにいつか返そうという「報恩」の気持ちが極端に希薄なのだ。



私が両親について書く時、あまりに冷淡なので驚く人もいるようだ。

べつに毒親に育てられたわけでもなく、親を憎んでいるわけでもないのに、私の描写が批判的なのは、ただ「恩知らず」なだけなのだ。

というか、あまりにも「恩知らず」なので、普通の人の「恩義」の気持ちが理解できない。

よく「親に育ててもらった恩があるから」とか「親に貰った命だから」とかいう言葉を聞くが、私はそのたびに「え?何それ?」と目をパチクリしてしまう。

親には子供を育てる義務があるんだから、育ててもらった恩なんか感じる必要なくない?

私の命は確かに親のセックスによって発生したものだけど、だからってありがたく頂戴しなくちゃいけないものとも思えない。

自ら望んで生まれてきたわけじゃないからね。

なんで感謝しなくちゃいけないの?



友人のマツコ・デラックスは私に対する恩を未だに感じているらしく、何かにつけて恩返ししようとしてくれるが、ありがたいとは思いつつも「そんなに気を遣わなくていいんだよー」と思ってしまう。

私が昔、無名のマツコを世に出そうとしたのは、マツコのためというより自分の楽しみのためだ。

おいしいレストランを見つけたり面白い映画を観た時に、みんなに教えたくなる気持ちと同じだよ。

「ねぇ見て見て!この人面白いでしょ!」と言いたかっただけなのだ。

だから恩なんか感じる必要ないのにな。

マツコの義理堅さを観ていると、つくづく自分は恩知らずだなと痛感する。



私が病気で入院した時、友人たちが寄付金を集めてくれたそうだ。

当の私は病院でウンウン唸ってたので、その件についてまったく知らない。

誰がいくら寄付してくれたのかも聞かされていない。

なので、思いがけない人から「私はうさぎさんが入院した時に寄付したのに!」などと言われて困惑したこともある。

だって寄付を募ったのは私じゃないし、すべては私の与り知らぬところで行われていたんだから、恩を返せと言わんばかりの態度を取られても困る。

そんな恩着せがましいこと言われるくらいなら、いくらか知らないけどあなたの寄付金をお返ししますよ。

ていうか、あなたはどんな見返りを期待してたの?



でも、そういう風に思ってしまうのも、ひとえに私が「恩知らず」だからだろう。

普通なら「ああ、そうだったんだ。その節はありがとう。このご恩は忘れません」と感じるべき場面なのかもしれない。

だが私は「はあ?」と首を傾げてしまう。

「べつに金くれなんて頼んでないですけど?」と。

つくづく非常識で無礼な女だな、私は。



そういえば、ファンや読者に対する恩の気持ちも薄い。

「うさぎさんの本は全部読んでます」とか「うさぎさんの本にすごく救われました」とか言われるともちろん嬉しい気持ちになるんだが、「読んでくれてありがとう」とは思わない。

私の本を読むも読まぬもその人の自由だ。

読みたくない人に「読んでくれ」とお願いする気持ちもないし、読んでくれた人にいちいち「ありがとう、ありがとう」と頭を下げる気持ちもない。

読みたい人だけ読んでくれればいいと本気で思ってるので、「あなたの本読んだことないんだけど、何から読めばいいですか?おすすめの本は?」などと聞かれるとものすごく困る。

お勧めしたい本など特にないからだ。

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