女王様のご生還 VOL.267 中村うさぎ

ブログでも書いたように、ここ最近、60年代にハマっている。

で、その流れで60年代を代表するアーティストともいえるアンディ・ウォホールの経歴を調べているうちに、1968年に彼を銃撃したヴァレリー・ソラナスという女性に行き当たった。

彼女は「男性根絶協会マニフェスト」なる文書を書いたラディカル・フェミニストとして有名らしく、未だ一部のフェミニストからは高い評価と支持を受けているという。

この「男性根絶協会マニフェスト」とは「政府の転覆、貨幣システムの廃止、完全なオートメイションの達成と男性の皆殺し」を呼びかける内容であったらしい。

いや、「男性の皆殺し」って何だよ(笑)。

もしどこかの男性が「女性の皆殺し」を呼びかけるような発言をしたら血相を変えて「差別」とか「女性蔑視」とか騒ぐくせにな。

こういう過激派がフェミニストを名乗るから、フェミニズム嫌いが増えるんだよ。



ま、そういう女性であるから、アンディ・ウォホール銃撃もてっきり彼女なりのフェミニズム活動の一環なのかと思っていたら、どうやら全然違ったようだ。

作家志望だった彼女は有名人のウォホールに近づき、自作の戯曲をプロデュースして欲しいと依頼したのだが、ウォホールは受け取ったその原稿を紛失してしまった。

それに激怒したソラナスはウォーホルを待ち伏せ発砲した、というのが事の次第らしい。

えーーっ!ただの幼稚な逆恨みじゃーん!!!

「男性の皆殺し」などと大真面目に主張するくらいだから少々頭がおかしいとは思っていたけど、有名人に自分を売り込んで無視されたからって相手を銃撃するなんてどんだけ誇大な自我の持ち主だよ。



だが、彼女のこの動機と犯行に、私は妙な既視感を抱いた。

あ、この人、誰かに似てる……そうだ、チャールズ・マンソンだ!

チャールズ・マンソンについては、ここで説明しなくても皆さんご存知だろう。

1969年にロマン・ポランスキー監督の邸宅に部下(ていうか信者?)を派遣し、彼の妻シャロン・テートとその友人たちを惨殺させた事件で有名な男である。

彼もソラナスと同様に「革命」を旗印に掲げており、その犯行も当初は思想的なものかと思われていたが、じつのところは、彼が歌手デビューしたくて売り込みをかけて無視されたプロデューサーへの個人的な復讐であり、しかも殺した相手は人違いだったという何ともお粗末なものであった。



有名になりたい、大物になりたい、世間に注目されたい、という幼稚な承認欲求から有名人にすり寄り、相手に無視されたからといって逆恨みで相手を殺害しようとする……ソラナスとマンソンの行動原理はそっくりだ。

そして、奇しくも両者の犯行は60年代末。

60年代の幕開けと共にビートルズやマリー・クワントといった傑物が現れ、自由で型破りな若者カルチャーが一世を風靡して時代の空気を一変させたのはいいが、60年代後半ともなるとその「自由」は果てしなく無軌道になり、ついに「私(俺)も有名になりたいのに、あいつらばっかりいい思いしやがって!社会は不公平だ!」と怒る肥大したナルシシズムの持ち主が社会変革や革命という名のもとに凶行に走るようになる。

そう、「自由」とか「平等」とかいった理想は、最初のうちこそ美しく輝かしいが、10年も経たないうちに腐敗して、単なる醜いエゴの正当化に使われてしまうのだ。

何故なら、それが人間の本質だからね。

振り返ればフランス革命だってロシア革命だって、最終的にはドロドロの権力闘争に成り下がり、高潔な理想は薄汚いエゴによって踏みにじられた。

人間はどんなに頑張っても、エゴとナルシシズムには勝てないのかもしれない。

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