女王様のご生還 VOL.278 中村うさぎ

前回、「ハイブリストフィリア(犯罪性愛者)」は女性の中にある「ワル好き」という性的嗜好の延長線上にあるのではないか、という仮説を述べた。

確かに、少女漫画において「不良に恋するヒロイン」という設定は珍しくない。

いや、珍しくないどころか、むしろ王道である。

その一方、少年漫画で「悪女に恋する主人公」というのは、さほど多くはない。

峰不二子に恋するルパン三世くらいのもんか。

まぁ、その場合、主人公はたいてい相手の美貌や色気に参っている。

少女漫画でもヒロインの恋する不良はイケメンに限るのだが、恋に落ちる要素はそれだけではない。

そこには重要な条件があって、「誰も知らない彼の素顔をヒロインだけが知っている」という設定だ。

周囲からは「ワル」と見做されて敬遠されている彼が雨の日に子犬を拾う姿をヒロインだけが見かける、みたいな。

この設定は既にあちこちでパロディ化されているくらいのテンプレである。

どうやら「私だけが彼を理解できる」という特別感が、この「ワル好き」嗜好の強い動機となるようだ。



そういえば、私の最初の結婚も、この「私だけが彼を理解できる」という壮大な勘違いのもとに成立していた。

私の結婚相手は犯罪者ではなかったが、かなり気難しく反社会的な人間であった。

普通なら「なんだ、あの変人」と避けて通るべき相手である。

だが私は、それを彼の芸術家気質と解釈していた。

「社会に迎合できない芸術家だからこそ、この私が支えてあげなくちゃ」なーんて事を本気で考えていたわけだ。

当時の私は既に20代後半だったが、頭の中は少女漫画のお花畑だったのである。

いやぁ、お恥ずかしい。

彼は身勝手で高圧的で独善的な、典型的なモラハラ男であったが、そんなところもかっこいいと思っていた。

バカで世間知らずな私を導いてくれる人、くらいに崇拝していたのだ。

むろん、そんな魔法にかかっていたのは最初の数年間だけで、そのうち彼が現す数々の馬脚にウンザリしてくるのであるが、周囲の批判や反対を強硬に突っぱねて交際していたので、今さら後に引けないという愚かな意地で結婚までしてしまった。

こんなクズみたいな社会不適応者を本気で崇めていた私は、やはり「ハイブリストフィリア」的なワル好き嗜好の持ち主だったのだろう。

この嗜好は、後のホスト狂いにも関係しているように思う。

ホストもまた、私にとっては反社会的な「悪の華」だったのだ。

しかも、イケメンだしな。



このように、ワル好き女の動機には「私だけが彼を理解できる」とか「私だけが彼を支えられる」といったスペシャル感が重要な位置を占める。

私だけが、特別。

世間が彼を非難しても、私だけが味方。

彼が他の人に酷いことをしても、私だけは彼から特別待遇を与えられる。

このスペシャル感が奇妙な優越感となって、彼の反社会性は私にとって重要なファクターとなるのだ。

みんなから愛される「いい人」では、私だけが特別という優越感が味わえない。

誰も攻略できないクソゲーだからこそ、攻略した自分は「選ばれし者」になれるのである。

この「選ばれし者になりたい」願望は、何も女性に特有のものではない。

男女を問わないひどく一般的な願望で、アニメや漫画やゲームの主人公も、たいてい「選ばれし者」という肩書を持つ。

だが、反社会的な男との恋愛にそれを求めるのは、圧倒的に女性だという気がする。

高嶺の花を攻略したがる男は多いけど、クソゲーみたいな無駄に難しい女を攻略したがる男は少ないし(ごく一部、ヤンデレ好きの男はいるが)、ましてや反社会的な女を獲得したがる男などごくごく稀な存在であろう。

彼らは特定の女から選ばれるのではなく、神やカリスマといった上位の存在から選ばれたがる。

一方、もちろん女にも「上位者に選ばれたい」願望はあるのだが、その「上位者」が神ではなく生身の男でもいいわけだ。

つまり、女にとって「神」は生身の男でも代替可能ということになる。

そこが男女の決定的な違いなのかもしれない。

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