女王様のご生還 VOL.261 中村うさぎ

世間では「コシのあるうどん」が大人気だが、私はうどんが苦手である。

そもそも私は、コシのある麺類が好きじゃないのだ。

コシのある麺よりクタクタにのびてふやけた柔らかい麺が好きで、カップ麺などは指定された時間より長めに放置するほどだ。

それと関係しているのか、私は太麺が苦手である。

たぶん、太麺の方がコシを感じるからだろう。

よって、麺類は細いものの方がいい。

ぶっというどんより、細い蕎麦。

北海道ラーメンより、九州の細麺のラーメン。

パスタも極細のヴァーミセリが一番好きだ。



そんな私であるが、これからの季節、どうしても食べたくなるのが鍋焼きうどんだ。

うどん嫌いのくせに、鍋焼きうどんの具が魅力的過ぎて抵抗できない。

だって、天ぷらに半熟の落とし卵に餅だよ、あんた。

春菊やホウレン草などの青菜も美味しそうだし、定番のシイタケはどうでもいいが舞茸なんぞ入ってた日にゃ狂喜乱舞じゃわい。

でもでも、こんなに好物ばかりなのに、肝心の麺がうどんなんだよなぁ。

せめて、きしめんにしてくれないだろうか。

きしめんの方が汁を吸ってぶよぶよになりやすいから好きなんだけどな。



そんなわけで、毎冬、「鍋焼きうどん」を食べるか否かで大いに悩む。

注文したところで、絶対にうどんを大量に残してしまい、お店の人に申し訳ないからだ。

「鍋焼きうどん、うどん抜きで!」と堂々と注文できたらいいんだが、「うちはうどん屋だよ!おまえ、何のためにここに来たの!?」と思われそうで、恐縮のあまり言い出せない。

やっぱ、うどん屋の誇りはうどんでしょ?

それを否定するような人間は、うどん屋に行っちゃいけないと思う。

「はなまるうどん」に行ったって、うどん食べずにトッピングだけ全種類食えたらどんなに幸せだろうと思いつつ、実践した事は一度もない。



たとえば自分が同じ事をされたら、どんな気分になるか。

「本は一冊も読んだ事ないけどファンです~」みたいな事を平気で言う人がいるが、私はそんな人をファンだなんて思えない。

私は物書きだ。

それ以外の要素でファンを名乗られても困惑するだけである。

そういう人間だから、うどん屋で「うどん抜き」などと言うのはもってのほか、と考える。

でも、鍋焼きうどんの具は食べたいし……というわけで店の前で悶々とする次第である。



だが最近、出前で鍋焼きうどんを頼めば問題ないのではないか、と思いついた。

出前なら、食べてる姿を見られなくて済む。

うどんを丸々残そうが、傷つく相手はどこにもいない。

何なら、うどんは夫に食ってもらってもいい。

夫はうどんが好きなのだ。

しかも、具に好き嫌いがあるので、いっそ具なしの素うどんの方がいい、などと言うようなやつだ。

ただ問題は、夫と私の生活時間(特に食事の時間帯)が全然違うので、出前が届いても夫が寝てたりして、起きてきた頃にはうどんがのびまくっている、という点だ。

あ、待って。

でも、のびまくったうどんなら、私でも食べられるじゃん!

ならば出前で鍋焼きうどんを注文して具だけ食って放置し、のびのびになった頃にレンジで温めて食えばいいのではないか!?

そう思いついてホクホクしながら、出前アプリで「鍋焼きうどん」を検索したのであるが……ない!

「つるとんたん」や「はなまるうどん」にも、鍋焼きうどんという品目が存在しない!

何故だ!? 鍋焼きうどんは全国共通の冬の風物詩ではないのか!?

うどん屋なら、鍋焼きうどんをメニューに載せるのが日本国民に対する義務ではないか?

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