アニメの珍味 第11回「アニメの描いた未来(その5)」

※2002年4月10日発売号の原稿です。

《前説》

 何人かの方から2月発行の拙著『フィルムとしてのガンダム』(太田出版)のご感想をいただきました。書いた本人はすでに中身の細かいことを忘れつつありますが(そういうものなんです)、プロジェクトを引っ張ったことのある学生、サラリーマンの方の実感のこもったご意見などは嬉しいですね。関係者たちを多数調整しながら状況をコントロールして大きなことを成し遂げようとする全ての魂に幸あれ、と思う昨今です。

●遠未来と近未来

 未来シリーズ、今回は最新作の映画『WXIII パトレイバー』公開にちなんで『機動警察パトレイバー』を題材にしてみましょう。

 パトレイバー最初のOVAシリーズ発表は1988年。その時点で作中の1999年とは10数年後の「近未来」でした。実際の1999年を越えても作品が継続するとは思わなかったんでしょうね。

 作中明示はしていませんが、パトレイバーの世界は現実と微妙に異なった一種のパラレル・ワールドです。東京大震災が発生し、そこから復興するために工作機械としてのレイバーが急速発達したという、東京湾の埋め立てを行うバビロン・プロジェクトにも関連のある設定があるのです。

 劇場版に絞ってみても、パトレイバー世界の描いた未来には感慨深いものがあります。

 劇場版1作目『機動警察パトレイバー the Movie』は1989年の作品。この映画の題材選定は、初見では私も当時現役のIT系技術者として劇場で唸りました。あらためて思い返してもシビれます。犯罪の手段は「コンピュータ・ウィルス」。それ以前に、巨大ロボットがOSを使って動くという発想そのものが斬新だったと言えます。

 2002年の今だったら、何の不思議もないでしょう。私自身、何度もウィルス添付メールはもらってまして、ウィルス対策ソフトのお世話になって虫をわしづかみにしたアイコンを何度も見てたりするわけですから。毎週のように対策ソフトが新手のウィルスへのアップデートデータを更新に行く時代です。OSで動くロボットも、それに害を与えるウィルスも、あまり奇異には思えないでしょう。

 しかし、干支が一回転するほど前の1989年、パソコンもネットも未発達な時代にウィルスのような、まったく絵に描けないものをアニメの題材に選ぼうという、その冒険心と先見性にはまったく頭が下がります。

●オペレーティング・システムとは何か

 この映画ではHOSという名のオペレーティング・システム(OS)が登場します。一応、私も電気情報系の大学の出身なんですが、1980年ぐらいに授業で習ったときは、白状するとよく理解できず、単位も落とした気がします(とほほ)。もう一回勉強し直したくなるのは、こういうときですね。

 その頃は、まさかOSの種類がどうのこうのという話題が一般化するとは思えなかったです。ましてやアニメの題材になろうとは……。

 Windowsにしても、98MEだのXPだのとOSの種類、型式が話題になるその一方で、改めて「OSとは何か?」と問われたとき、説明できる人は少ないのではないでしょうか。一般的には「基本ソフト」と訳されているようですが、別にパソコンに限ったものではありません。いまあるほとんどの機械製品の中にはコンピュータが入って、OS(大抵はB-TRON)で制御することが一般化しています。

 コンピュータを制御するとき、プログラミングをどうするか? アセンブラと呼ばれる機械語に直結した言語でもプログラムは書けます。私もハード技術者でしたが、ハードをテストする程度のものだったらつくったことがあります。メインは無限ループにしておいて、入出力装置から割り込みが上がると、サブプログラムへジャンプして処理が終わると戻ってくる、というものです。

 ただしこれだとプログラムが複合事象に弱く安定度に乏しいということが発生します。ダウンしてばっかりでは、使いものになりません。そこで、コンピュータのハードウェアと入出力全般を包括的に管理するプログラム、OSの登場です。OSを前提にしたプログラムは高級言語で書かれ、より人間世界に近い方の面倒を見ます。たとえばデータをディスクに書き出すとき、ディスクを回転させセクタを読み出し、空いたところに書き込み……というプログラムを機械語で書くこともできますが、OSに対してファイルに対する操作を指示するだけで、そういう低いレベルのところはOSが万全に受け持ってくれるわけです。

●ネットという濃い場のはぐくんだ先見性

 ですから、OSに仕掛けをしてしまえば、直接制御している入出力系を乗っ取ることも可能になります。その辺のウィルス描写は実によく出来ています。繰り返しになりますが、OSという言葉が、パソコンともども急速普及したのはWindows 95以後ということを考えると、その7年前にしてこの先見的な発想と内容は素晴らしいと思います。

 さて、この予見がなぜ可能になったかですが、ヒントはイングラムの型式番号にあります。98式AVという名は、国民機とも言われたパソコン、PC98シリーズにちなんでいるのでしょう。パソコンはアプリケーション次第で何でもできる「汎用コンピュータ」です。だから、レイバーの定義で言われる「汎用工作機械」も、そのイメージから持って来ているのでしょう。

 PC98はMS-DOSマシンでしたが、当時すでにパソコン通信という形でネット世界も立ち上がりつつありました。当時、筆者もネットに参加していましたが、とにかく「場」が濃かった記憶があります。なぜならば、この時代にネットに参加して掲示板や電子会議室に発言するということは、何重ものバリヤーを突破して来たつわものの証拠だったからです。高価なパソコンやワープロに加えてモデムを持ち、接続のための面倒くさい手順を理解し、趣味の会話の場を発見し……なんてのは、そのプロセス自体がハードルの高いRPGみたいなものだったんですよ(笑)。そこまで到達する熱意を持った少数精鋭だからこその世界があったんですね。

 思い返してみればその熱くて濃いパソコン通信の世界には、当時から見た未来的、先見的要素がぎっしり詰まっていた気がします。今の広大になった分、ちょっぴり空疎な感じのするインターネットとは似て非なるものだったかもしれません。

 黎明期のネットにおいて、濃いがゆえの「ネット・バトル」には何度も遭遇し、私自身も論争の当事者になりましたし、コミュニケーションの快楽と表裏一体になった匿名の目に見えない悪意は身に染みてわかりました。ウィルス被害には遭遇しなくとも、それを開発するような者の精神性も、薄々実感できるような気がしていました。パトレイバーのスタッフも、おそらく同じような実感をもたれていたのではないでしょうか。

 こういった実感に基づいて、それを空想世界のロボット(レイバー)に広げた、人間の知覚の拡大にともなう悪意の拡大を敷衍して描いたというあたりが、時代を超えるポイントであるように私には思えます。全部が絵という空想でできあがっているアニメでは、こういった発想レベルでの差が面白さの差につながるのかもしれません。

●未来予測を継承する精神性

 アニメスタッフは別に予言者ではないですから、予想をハズしたことももちろんいくつかあります。例えばHOSの起動ディスクがCDまたはDVDではないことです。たぶんMOでしょう。

 1994年にWindowsマシンにMS-WORDをインストールした記憶がありますが、フロッピーディスクが確か26枚組みで、えらい時間がかかりました(笑)。まさかこんな大容量時代がすぐに来て、音楽を聞くCDが本命になるなんて思わなかったですよね。ましてやCDを家庭で焼くなんてことも、想像外です。MO自体もたとえばパソコンの本場米国ではZIPドライブが普及してMOなんて販売されていませんから、要注意ですね。米国ではMDも普及しておらず、光磁気が流行っているのは日本だけみたいです。こういう描写は本当に難しいです。

 第7回にも書きましたが、パトレイバー平行世界の世紀末にはインターネットと携帯電話がありません。こればっかりは、世界中の未来を予測した人が全員ハズしたことだから、仕方がないですよね。1993年の『P2』には携帯の方は出て来ますが。

 最新作の『WXIII』にはちゃんと両方出て来ます。厳密には携帯電話ではなくPHSでしたが。インターネットの方は、実に意外な形で、この2002年ならではの名物が登場します。私も試写であっと驚きました。そして、パソコンはついに液晶画面の機種が出てきます。しかも、画面が液晶かCRTかどうかが、見過ごしやすいが結構重要な表現として使われていたりもして……。

 たとえスタッフが違っていても、こういう未来につながるテクノロジーを表現に取り入れるという精神の継承性が、かっこいいですね。

 はてさて、今から未来を見据えて10年後に感心されるネタやテーマはどう仕込まれるべきなのか。今だとユビキタス・ネット(ネット通信があらゆるものに使われて空気のような透明な存在になるという考え方)あたりが狙い目ではないかなあ……。

【2002年3月28日脱稿】初出:「月刊アニメージュ」(徳間書店)