女王様のご生還 VOL.177 中村うさぎ

最近、足の方はだいぶ改善してきて、以前よりはしっかりと歩けるようになってきた。

とはいえ、依然として夫の介助なしでは出歩けないが、それでも去年や一昨年と較べれば雲泥の差だ。

その代わり、左手がどんどん悪化してきて、まともに物を掴むことができない。

先日も、皿に載せたオムライスを手から落としてしまい、廊下一面に卵とご飯とケチャップが飛び散って酷い有様になってしまった。



オムライスの皿ひとつ運べない自分の不甲斐なさが心の底から悔しかった。

そのうえ、四つん這いになって雑巾で床を拭いたはいいが、自力で立ち上がれなくなって夫を呼ぶ始末になり、「ああ、私は人並みの事が何ひとつできないうえに他人に迷惑しかかけられない存在だ」と、つくづく自分に絶望した。

そして私がどうしたかというと、助けに来た夫に八つ当たりしたのだった。

やれやれ……我ながら最低だな。



もちろん、夫が憎いわけではない。

憎いのは自分だ。

だが、その怒りをどこにぶつけていいのかわからず、ついつい夫に当たってしまったわけである。

自分でもこれが八つ当たりである事を充分に自覚していたし、そんな理不尽なとばっちりを受けている夫に対して申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、それでも「自分憎し」の気持ちをどう処理すればいいのかわからない。

脳が完全に分裂してしまった感じで、一方は「これはどう考えても不条理でしょ」と冷静に諭しているのだが、もう片方が「でもでも、この悔しさをどうにか発散したいのよー!」と赤ん坊みたいに泣き叫んで暴れている。

で、冷静な理性は子供じみた感情の暴走をまったく制御できないのだった。



それにしても何故、私は自分でわかっていながら八つ当たりをしてしまうのだろう?

たぶん、これは「甘え」だ。

夫なら私の行き場のない自己嫌悪も絶望もわかってくれて許してくれる、と勝手に期待しているわけだ。

まぁ、いくら私が制御不能の八つ当たりモードだからといって、さすがに暴力を振るったり暴言を吐いたりはしないのだが(ただ聞き分けのない幼児のように駄々をこねるだけである)、DVの人たちもこういう感じなのだろうな、と、八つ当たりの真っ最中に別の脳みそで考えていた。



DVの人たちはたぶん、おそろしく「自分嫌い」なのだ。

自分をぼこぼこに殴りたくて仕方ないのだが、自分を殴る勇気はないので家族を殴る。

自分への怒りや憎しみを自分より弱い者にぶつけることで、自己嫌悪から少し解放されて、しばし気が楽になるのだ。

DVやイジメは、自己嫌悪を正面から受け止められない弱くて卑怯な人間の八つ当たり行為に他ならない。



つまり、それほどまでに「自己嫌悪」というのは苦しいものなのだ。

「しばらく自己嫌悪で落ち込んじゃったぁ~」などと笑って言える軽度のものなら耐えられるが、自分に心から絶望し自分を心の底から憎むような深刻な「自己嫌悪」は、我々のナルシシズムが到底受け止めきれない。

自分を守るためにナルシシズムは必死になってそれを外に押し出そうとし、その結果、本来は自分に向けられている憎悪や怒りを他者に転移するという卑劣な手段を講じるのである。

ナルシシズムは恐ろしい。

自分を守るためなら何でもやる。

しかも、それをもっともらしく正当化する。

「愛」だの「正義」だのという言葉で自分を言いくるめるのだ。

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