[歴史発想源] <精強の証左・赤備軍団篇>第三回:天下人も怯える名将「山県昌景」

武田信玄を支えた猛将「甲山の猛虎」こと飯富虎昌の死後、戦国最強の精鋭部隊「赤備え」を受け継いだのは、知勇兼備の名将・山県昌景。

武田信玄の勢力拡大に大きく貢献し、北条氏康・織田信長・徳川家康など周辺諸国の戦国大名たちを震え上がらせます。そして、やがて天下人となる徳川家康は「赤備え」を前にして、屈辱的な敗退を喫することに…。

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戦国最強の精鋭部隊「赤備え」を率いた名将たちを描く「精強の証左・赤備軍団篇」(全8回)、第3回をどうぞ!

※副題は便宜上「井伊直政の章」となっていますが、井伊直政だけではなく飯富虎昌、山県昌景、井伊直虎、真田信繁(真田幸村)、井伊直孝など、様々な名将たちが登場します!



▼歴史発想源「精強の証左・赤備軍団篇」〜井伊直政の章〜

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【第三回】天下人も怯える名将、山県昌景

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■飯富虎昌から「赤備え」を受け継いだ名将

戦国最強の「赤備え」を率いる猛将・飯富虎昌が、武田家の内紛のせいで、その生涯を終えてしまいました。

武田信玄が、その「赤備え」部隊を継がせたのは、飯富虎昌の弟、飯富源四郎でした。

武田信玄は、謀反人の弟に賭けたのです。

しかし、謀反人の飯富氏が世襲してしまうような形は、武家としてスジが通らないかもしれない。

そこで武田信玄は、飯富源四郎に改名を進めます。

父の武田信虎の時代に、山県氏(やまがた氏)という甲斐国屈指の名門の家系が断絶、つまり血統が消滅してその名が無くなっていました。

武田信玄はこの山県氏という一族の名字を復活させ、飯富源四郎に継がせることにしました。

そして兄・飯富虎昌の名の一字「昌」を踏襲します。

ここに、飯富源四郎改め、山県昌景(やまがた まさかげ)という、後世にまで轟く名前の武将が誕生するのです。



この山県昌景、「甲山の猛虎」と呼ばれた兄の飯富虎昌に劣らず、もうとにかくめちゃくちゃ強い。しかも、…

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