「他人の敷いたレールを走らされるのが嫌」な若者が、グーグル様の手のひらで踊る

「学校なんてくだらない」説は大昔から若者(の一部)が唱えるお決まりフレーズです。また下るか下らないか、判断は非常に哲学的な問題で、そもそも一方的に決めつけられるような簡単なものではないでしょう。無個性な就活スーツを否定する文化人や芸能人といった「上級市民」「上級国民」の方々も少なくありません。

個性って何?



・小学生ユーチューバーと無個性シューカツ

先生に叱られたことや、唯々諾々と学校システムに没入する小学校の同級生がロボットに見えるということから不登校になり、ユーチューバーとして学校に行かなくとも教育はできることを意見発信している小学生のことが報道されました。しかしそれに対する9割以上の反応は、「先生に従う小学生がロボットなら、その子は親の言うがまま操られているさらに忠実なロボットだ」というような批判的スタンスのようです。

一方、日本のシューカツにも批判があります。全員同じ黒スーツで、マニュアル通りの受け答え。世界放浪やボランティア経験、カフェバイトでのコミュ力などをアピールする学生。一方サービス残業や無茶ぶり業務、ハラスメントなどブラックな部分を隠す企業も同じ穴のむじな、ウソつき合戦という批判もあります。

やる気のない、無個性な、テレビゲームの世界しか知らない、打たれ弱い、マニュアル頼み・・・・さんざんな批判をされる若者。そんな中で小学生ユーチューバーのような自由な生き方を謳歌する姿勢には、エールを送る文化人や芸能人もいます。

・リクルートスーツという無個性に反論する企業も

無個性なリクルートスーツではなく、自由に私服で面接をして下さる企業もあります。少しでも個性を尊重するには、服装や髪型など自由であるべきだという企業や意見広告があります。確かに暑さ中に黒ずくめスーツで炎天下動き回るのは苦痛です。そんなことに忍従する価値があるのでしょうか!確かに自己主張が足らんぞ!ワカモノ!!

そーなんすか?

若者だろうが老人だろうが、世の中の人すべてがファッションセンスに優れている訳ではありません。私も高校まで学生服でしたが、何が楽って、制服ほど楽な服装はありません。だって、毎日一切服を選ばなくて済む=ダッサダサのファッションセンスが白日の下にさらされずに済んだんです。ありがとう制服!

高校生くらいになると、オモテは学生服でも内側にお洒落なシャツを着たり、個性発揮をしている同級生がいたのは昔もです。しかし私に至っては卒業まで役所窓口のような白Yシャツを貫きました。

だからファッションセンス無いんだって!白Yシャツと学生服という無敵の無個性ファッションは、本当に救いでした。

・「やんちゃ上等」と同じテンプレ価値観

反リクルートスーツを表明する企業を少し調べてみましたが、ファッションや化粧品といった「外見」を商売にする企業が多いように感じます。地味な工場や事務所で黙々と仕事をする人ではなく、ファッショナブルな方を相手に、美しさを提供するようなビジネスをする企業が、ファッションセンスを問うこと自体理にかないます。

つまり「私服でお越し下さい」というメッセージは、全就活生への言葉ではなく、自社の商売につながるような、ファッションセンスあふれる人たち向けのものなんじゃないでしょうか?

(ワカモノは)「個性がない」と叱咤しておられる文化人・芸能人の方々も、そういった世間にもの申す的スタンスでの発言や意見表明によって、ファンを維持している人たちに多いように感じます。自分は学歴・偏差値序列の頂点を極めた上で「学歴なんて」と言ってしまうような方です。もしくは自分は一流企業での成功や、芸能人としての知名度によって大富豪になられた上からのご宣託のようにも見えます。(ひがみで言ってます)

誤解無いように宣言いたしますが、私は個性を大事にすることに一切の異議はありません。ただ個性個性と崇め奉られる「個性」というものが、あまりにテンプレ過ぎないかと思うのです。まるで教師に反抗して教室を破壊したり、ケンカにあけくれる「やんちゃ」と称する子が「本当は良い子」で、まじめに授業を受けたりバイトもせずごく内輪の仲間と地味にテレビゲームして誰の迷惑にもならずに成長する子が「親のいいなり・つまらない大人になる子」と決めつけているように感じてイラつくのです。

・神の手のひらの上での個性

小学生ユーチューバーに限らずですが、最近の小学生の将来なりたい仕事にユーチューバーはランクインしてきました。しかしユーチューバーというビジネスの収益構造をどこまで小学生は理解しているのでしょう?事業の収益計算や制作費の損益をどこまで計算した上での「おとなになったらなりたいしごと」なんでしょう?どうなんだ!小学生?(子供相手に昭和の総会屋のようにツッコんでみた)

親や学校など、大人の敷いたレールを従順に走るだけの社畜。個性を否定されてまでシューカツに支配されたくない。いろんな考えは良いとして、結果として選択されたキャリアがユーチューバーだとしたら。

すべてはグーグル様という全知全能の現代の神。すべてその手のひらで踊らされているだけなのではありませんか?もし今後グーグル様がYouTubeの報酬システムを変更したら?アカウントを封じられたら?そもそも5年後、10年後はもちろん、50年後YouTubeはあるんでしょうね?

今小学生だとしても、50年後だってバリバリに働いてもらわないとおそらく生きることは難しくなっている超少子化の日本。グーグル様に反逆することは、少なくともユーチューバーというキャリアは成立しない仕組みであることを理解した上で、あなたがたがディスってる「ロボット」たちとは違う個性であることを、ぜひ発揮していただきたいと思います。

言い訳:

別に小学生ユーチューバー含む、子供に向けての批判ではなく、それらをはやし立てている文化人・芸能人ら上級国民様への反論として書いてみました。(筆者謹白)