ショック療法が効く、英語勉強法! ハーバード留学記VOL.5 山口真由

shutterstock/Jorge Salcedo

前回までは日本の平等とアメリカのフェアネスについて考えた。今回は、英語の勉強についてを考えてみたい。英語の勉強の本は数ある。けれども、私自身が重要だと思うのは「ショック療法」である。英語ができなくて、できなくてショックを受けた。そして、このショックこそが、英語を勉強するためのモチベーションとして、何よりも大事なのではないかと思うに至ったのである。

日本である程度使えると思っていた英語は、残念ながら、海外では全くと言っていいほど聞き取ってもらえない。なぜならば、日本で使われている英語は、日本という国に合わせてローカライズされた「日本英語」だからである。

1. ショック療法が効く、英語の勉強法

前々回に書いたように、私のAdmission Letterは「コンディション付き」というやつだった。つまり、ハーバード大学への入学を許されるためには、「サマースクールで英語の勉強をすること」という条件をクリアしなければならない。つまり、夏の間に、一足先に英語を勉強するための学校に通って、そこで英語をみっちりと勉強する。それによってはじめて、私はハーバード・ロスクールへの入学を許されるのである。となると、サマースクールは超重要!

英語を勉強するためのサマースクール自体は、アメリカの各地で実施されている。イェール大学やコロンビア大学に通って名門大学のキャンパスの雰囲気を味わいながら、サマースクールに通うことできる。また、ハワイのサマースクールに通って英語を勉強すると同時に夏を堪能するという手もある。

私は、ハーバードに入学するために、ボストンでの生活のペースをつかんでおきたかった。ハーバードは英語を教えるためのサマースクールは実施していないようである。だが、幸い、ボストンでは、ボストン大学がサマースクールを実施していたので、そこのサマースクールに申し込んだ。

このサマースクールの授業料自体、日本円にして30万円以上。現地への渡航費や決して安い投資ではない。また、4週間とか、6週間とか、現地からみっちり通う必要があるので、長期のバケーションを取れる人以外はなかなか行くことが難しい。

しかし、それだけの投資をかけてもなお、現地のサマースクールに通ってしか得られない経験がある。

質の高い英語の授業?いや、そこは実は日本で受けるものとの間に、さほどの違いはない。

それよりも大事なのおは、「ショックを受けること」である。

ここで受ける「ショック」、それこそが英語上達に向けて必要不可欠な鍵ではないかと思うのである。

いったいぜんたい、どういう種類の「ショック」を受けるのか?

2. 自分が話す英語が全く通じないと気づいたサマースクールでの経験

それは、自分が話す英語が全く通じないという「ショック」な体験である。

サマースクールを受講するために、世界各地からの人がアメリカに集まってくる。私のクラスには、中国人、韓国、台湾と言った東アジア各地、トルコや中東などの人が集まってきていた。そういう人たちは、日常的に日本人と接していない。

サマースクールで教えるネイティブの講師たちも、日本に住んだ経験もなければ、日本人の友人もいない。

つまり、ここで会う人々は、日本人の話す英語に慣れていないのである。

ということはである、サマースクールで使われる英語というのは、決して「日本用」にチューニングしたものではない。そして、そういう場所ではじめて、私たち日本人は、普段、私たちが使っている英語は、日本という国に合わせてローカライズされた、日本独自の英語であるということを、知るのである。

3. 日本で使われている英語はすべて「日本英語」

日本にいたときの私は、決して英語が得意ではなかった。決して、得意ではないものの、一応、自分の伝えたいことを文章にして書いてみることはできた。そして、英語を書けるならば、同じことを話せないはずはないと思っていた。だって、そうでしょ?書けるものを、話せないはずはないでよ?

だから、要するに、英語は得意でないにしても、まあ基本的なことは言えるはずと思っていたのである。

このブログをお読みなっているあなたも、もしかしたら、私と同じように思ってらっしゃるかもしれない。でも、あなたは愕然とすることになるだろう。海外に行ってはじめて、日本で使われている英語は、すべて「日本英語」であるという事実に気づいて。

それはどういうことだろうか。

つまり、日本人の発音というのは、ネイティブにとっては、スタンダードな発音から遠く離れた、とても癖の強い発音らしいのである。ネイティブの友達が「とっても聞きにくい」とぼそっとつぶやいていた。ネイティブからすると、日本人の発音する英語というのは、異常に抑揚の少ない、平べったい音になっているらしい。

しかし、この「日本風」にアレンジされた、平べったい発音は、もちろん、日本人同士の間ならば通じてしまう。さらに、日本にいるネイティブも、日本人が発音する英語に慣れ切っている。だから、日本にいるネイティブにも伝わってしまう。

つまり、日本の国内だけで通じる「日本英語」という、独自の発音が横行してしまっているのである。そして、この「日本英語」というのは、スタンダードな英語とは似て非なるものなのである。

4. すべてのコミュニケーション手段が絶たれた瞬間

これは、本当に驚きの経験である。日本人同士ならば、または、日本にいるネイティブならば確実に聞き取ってくれる、私の平べったい「日本英語」。サマースクールの、私の講師は、これをただのひとつも理解してくれなかった。

そして、私の英語を聞き取ってもらえなかったとき、私はすべてのコミュニケーションの手段を失ったのである。

たとえば、サマースクールでのディスカッションの中で、「異国の文化を理解するために重要な要素は何か」という課題が出た。

それに対して、私は”Curiosity(好奇心)”と”Empathy(共感)”と答えた。

ええ、たった二単語ですよ。確かに、超簡単な単語ではないけれど、書けと言われれば書けるし、読めと言われれば読める(と思っていた)。それにもかかわらず、この二単語が、ネイティブの先生にどうしても伝わらない。

眉根と眉根の間を寄せて「ん?」

この怪訝な表情を、私はそれからの1年間、何度となく見ることになる。これは、こちらの言っていることを、どうしても聞き取れない時の表情である。

でも、日本にいるならば、まだ手段がある。

どうしても聞き取ってもらえなかった場合、みなさんならどうしますか?

a) こそっと日本語でつぶやいちゃう?日本人同士の間はもとより、日本にいるネイティブの中には、日本語がそれなりにわかる人もいるので、それが簡単に通じちゃったりするでしょ?

b) ”Curiosity”と”Empathy”という概念を、日本語とのちゃんぽんで、または、文法めちゃくちゃで、他の言葉に置き換えて説明する?これだって、日本国内ならばなんとなく通じちゃったりするでしょ?

しかし、アメリカではそれが全く通じないのである。

ネイティブの先生が”Curiosity”と”Empathy”という単語を聞き取ってくれなかったとき、私はすべてのコミュニケーションの手段を失った。

これは想像以上にショッキングな経験である。自分を伝える術を一切失うという無力さを、私は、物心ついていこう、人生で一度も味わったことがなかった。

この無力感が、英語を学びたいというモチベーションを何よりも強くした。もはや必至である。

そう、英語学習の本は多々出ているけれど、それよりも、なによりも、このショッキングな経験こそが、英語を学ばなくてはというモチベーションを強くすると、私は思うのだ。

だから、英語を学ばなきゃと思いつつ、なんとなく本気になれずに、後回ししている私みたいな人がいれば、この「ショック療法」は絶対的にお薦め!

海外に行くというのは、すぐにはできないかもしれないけれど、とにかくまずはスカイプでもいい、日本人に慣れていない外国の人とお話してみましょう。そして、ガツンとショックを受けましょう。それが、あなたを前に進めるエネルギーとなるはずです。

a) こそっと日本語でつぶやいちゃう?日本人同士の間はもとより、日本にいるネイティブの中には、日本語がそれなりにわかる人もいるので、それが簡単に通じちゃったりするでしょ?

b) ”Curiosity”と”Empathy”という概念を、日本語とのちゃんぽんで、または、文法めちゃくちゃで、他の言葉に置き換えて説明する?これだって、日本国内ならばなんとなく通じちゃったりするでしょ?

しかし、アメリカではそれが全く通じないのである。

ネイティブの先生が”Curiosity”と”Empathy”という単語を聞き取ってくれなかったとき、私はすべてのコミュニケーションの手段を失った。

これは想像以上にショッキングな経験である。自分を伝える術を一切失うという無力さを、私は、物心ついていこう、人生で一度も味わったことがなかった。

この無力感が、英語を学びたいというモチベーションを何よりも強くした。もはや必至である。

そう、英語学習の本は多々出ているけれど、それよりも、なによりも、このショッキングな経験こそが、英語を学ばなくてはというモチベーションを強くすると、私は思うのだ。

だから、英語を学ばなきゃと思いつつ、なんとなく本気になれずに、後回ししている私みたいな人がいれば、この「ショック療法」は絶対的にお薦め!

海外に行くというのは、すぐにはできないかもしれないけれど、とにかくまずはスカイプでもいい、日本人に慣れていない外国の人とお話してみましょう。そして、ガツンとショックを受けましょう。それが、あなたを前に進めるエネルギーとなるはずです。

「机の上の英語」から、「リアルな英語ワールド」へ

先ほど、日本で話されている英語は、日本という地域のためにローカライズされた「日本英語」なので、それに慣れていない人には、なかなか聞き取ってもらえないと書いた。

しかし、これはどの地域でも同じである。極端な話をすれば、すべての英語はローカライズされているのだ。英語というのは「世界共通言語」であると同時に、「ローカル言語」でもあるのである。

それが分かったときに、人は、「机の上の英語」を飛び出して、「リアルな英語ワールド」に進んだことになる。そこで、何が起きているのか、その話をしていこう。

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