認知症と高齢者の人生~武田邦彦集中講座  今の話題を深く考える(10)



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◆「老人は何もするな」は正しいのか?老人の貴重な時間をなきものにする社会

今から30年前、バブル崩壊の直前に、私は一編の随筆を書きました。タイトルは「老婆の一時間」。当時まだ景気の良い時代でしたが、それでも「高齢化」、「社会の停滞」などが感じられ始めた時でもありました。

一人の老婆が、夕日がすべてを赤く染めている初冬の縁側に座って、日向ぼっこをしています。その家の前には細い道があって、そこを一日の勤めが終わりかけている若い男性が忙しそうに往復している・・・老婆は「ああ、あたしにもああいう時代があったわね」とつぶやく・・・そんな光景を描いて、私は若干の感想を述べました。

いったい、この老婆は体のどこかが悪いのだろうか?頭でもぼけたのだろうか?そんなことはないのです。老婆はかくしゃくとし、体のどこも悪くなく、頭も明晰です。では、なぜ老婆は縁側で日向ぼっこをしているのか・・・それは老婆自身の問題ではなく、周囲が老婆に日向ぼっこを強制しているのだ、というのが私の結論でした。

つまり、「老婆の一時間」も「若者の一時間」も、その人その人の人生にとっては同じ一時間で、老婆の一時間をなきものにしているのは、実は老婆自身ではなく、社会なのだ、ということです。

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