
トレードの収益源としてのアービトラージ(またはリラティブ・バリュー)の性質を理解するうえで欠かせないエピソードが、1998年のLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)の破たん劇です。
ドリームファンド
LTCMは1994年に設立された大型ヘッジファンドです。
創設者は、ジョン・メリウエザー。1980年代後半に世界の金融市場を席巻したソロモンブラザーズのアービトラージデスクのヘッドで、「ウォール街のキング」とも称された伝説のトレーダーです。
また、金融工学の世界的権威であるマイロン・ショールズとロバート・マートンもボードメンバに加わっていました。二人は1997年にノーベル経済学賞を受賞することになる人物です。
LTCMはまさに“夢のファンド”として設立されたわけです。
採用した戦略は、債券を中心としたアービトラージもしくはリラティブバリュー。最先端のリスク管理手法を備え、当時もっとも先進的なファンドとみられていました。
実際の運用成績も目覚ましく、世界中から資金を惹きつけるようになっていきます。それだけではありません。投資銀行や他のヘッジファンドまでもが、その手法を真似しはじめたのです。
しかし、成功は新たな困難をもたらします。
LTCMには高いリターンを求める資金が世界中から集まります。しかも、彼らを真似するコピーファンドもたくさんいます。それらの資金が一斉に同じような戦略を採用するわけですから、激しい競争が起き、収益率は低下せざるを得ません。
収益率が低下する中で投資家の期待に応えるためには、レバレッジをかけるというのが一つのやり方です。レバレッジは、自己資金(ファンドの場合は投資家の出資金)額に対して、実際に保有する資産額の倍率を表します。レバレッジを膨らませると資産規模や取引量も膨らむので、自己資金に対する利益率を引き上げることができるわけですが、当然のことながら損失が発生したときのインパクトも膨らみます。アービトラージは本来リスクの小さいトレード手法なので、こうしたレバレッジとの相性はとても良いと考えられるわけです。
ただし、収益率の全般的低下、その一方で高まるばかりの投資家の期待、そうした中でLTCMは、レバレッジを膨らませながら、少しずつリスクの高い戦略に傾いていきます。