伝説的ディールと“非対称の収益機会”/田渕直也のトレードの科学 Vol.031

さて、この連載もそろそろ最終コーナーです。いくつか、これまで十分に触れてこなかった重要なテーマや歴史的な事例などをとりあげながら、まとめに入っていきたいと思います。

今日のテーマは、トレードの成功にとって極めて重要な概念である『非対称の収益機会』についてです。トレードについて科学的に分析し、目的や手法を明確にして取り組めば、リスクをある程度はコントロールできるようになり、経験とともに安定した成績を残せるようになっていくと思います。でも、“大儲け”をするためには、プラスアルファが必要です。それが、非対称の収益機会をいかに利用するかということです。



ソロスのポンド売り

過去の伝説的なトレードはいくつもありますが、その中でもとくに有名なものとして、(1)1992年のジョージ・ソロスによるポンド売り、(2)2007年のジョン・ポールソンによるCDS買いの二つがあります。

今回は(1)の概要を見てみましょう。

1990年、イギリスはERM(欧州為替相場メカニズム)という制度に加わりました。当時の欧州の仮想通貨単位だったECU(エキュ)に対する自国通貨の為替レートを一定の範囲内にとどめるというものです。ECUは、欧州各国の通貨バスケットで、経済規模が最大のドイツの通貨マルクの影響を強く受けます。ざっくり行ってしまえば、ERMはマルクとの固定相場制のようなものといえます。

しかし、ドイツは同年に東西統一を果たし、復興景気に沸きます。インフレを抑えるために金利も引き上げられます。それに対して、英国は貿易収支の赤字が続く中、国内景気も悪化していきます。

どうみてもマルク高・ポンド安になるはずですが、ERMによって為替相場にはタガがはめられています。ERM参加国の英国は、為替介入をしたり、投機的なポンド売りを抑えるためにポンドの金利を引き上げたりして、為替相場を一定水準に維持する義務を負っているのです。

これに対して、「ポンドは実力に比して高止まりしすぎており、早晩、ERMから脱退してポンドを切り下げざるを得ない」と考えたのが、ハンガリー出身の投資家、ジョージ・ソロスでした。

ソロスの運営するヘッジファンドは、ポンドを売るために100億ポンドを借り入れてきます。そして他のヘッジファンドや銀行とも連携しながら、壮大なポンド売りを仕掛けます。

これに立ち向かったイングランド銀行は、計150億ポンドの為替介入を行い、最も攻防が激化した9月16日には、政策金利を一日で二度、合計で5%も引き上げて15%にしました。ファンドのポンド売りに対して徹底的に抗戦したわけです。

しかし、抗戦の甲斐なくポンド相場は反転しません。ソロスたちだけでなく、この攻防を見守っていた投資家たちの間にも、「ポンドはもう持たない」という見方が広まり始めていたのです。この手の攻防の決着をつけるのは、こうした日和見の投資家たちが最後にどう動くかです。

そして、イングランド銀行はついに白旗を挙げます。同日夜、英国はERMからの脱退を表明し、為替介入は中止、政策金利も引き下げます。当然、ポンドは急落し、勝負はソロスたちの大勝利に終わったのでした。

ソロスのファンドがこのトレードであげた利益は、為替だけで1,000億円程度、同時に行っていたイギリス国債や株の買いなどその他のトレードも含めると、その倍くらい稼いだといわれています。十数年後のジョン・ポールソンやデビッド・テッパーのディールに比べると規模は小さいのですが、そこは時代が違います。ソロスのポンド売りは当時大変な衝撃を世界に与えました。

こうして、ソロスは「ヘッジファンドの帝王」、「イングランド銀行を倒した男」などと呼ばれるようになり、世界でもっとも有名な投資家の一人となったのでした。

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