他人をバカにすることで生きる男たち――⑥ 自称 “非負け組”を襲う下流老人の恐怖

【他人をバカにすることで生きる男たち――⑥自称 “非負け組”を襲う下流老人の恐怖】

前号から続いています)

人は環境で変わる。でも、人には環境を変える力もある。そして、この“変える力”をいかに発揮するかで、40代以降の幸福度が変わる―――。前回はこんなお話をしました。

しかしながら、私たちを取り巻く環境はかつてないほど、魑魅魍魎に溢れています。

それは逆説的に言うと、「SOCを低くする社会」が存在している証拠です。

SOC = Sense of Coherence 直訳すると首尾一貫感覚。今のご時世、首尾一貫していることなんてひとつもありません。

明日の朝、新聞を広げて「会社の倒産」を知るかもしれない

明日の昼、上司に呼ばれて「早期退職」を迫られるかもしれない

明日の夜、世界恐慌が起り、世界中が大不況に陥るかもしれない

……、いつ、ナニが起こっても不思議のない世の中です。

そうです。

今、私たちを取り巻く環境は、とてつもない将来不安に満ちあふれてる。

一億総不安時代といっても過言ではありません。この不安社会を変えることなど、本当にできるのでしょうか?

そこで今回は、私がこれまでインタビューをしてきた600名超の方の中から、私自身も考えさせられた話しを紹介します。

その前にアナタに質問です。

「あなたは“勝ち組”ですか? それとも“負け組”ですか?」

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「私は今、51歳です。20年後には70代。20年前は30歳。50まで、アッという間でした。そう思った途端、やたらと将来にリアリティが出てしまって、なんか不安になってきちゃったんです。

あの頃と比べたら体力は落ちたし、気力も続かなくなった。自分が写った写真に年取ったなぁ~って、がっかりすることもあります。それでも、不思議と今の方が充実してるんですよね。会社の出世競争からは外れてしまいましたが、そこそこやってきたなぁって自負があるからかもしれません。

30歳のときに考えていたほど給料は上がりませんでした。

でも、生活に困っているわけではない。この『今は困っていない』という状況が、私の不安を掻き立てるんです。つまり、70になったときに今のような生活ができるのだろうか? 年金は? 社会保障は? どうなっているのか? それが不安なんです。

先日、ローンの残高を調べたら唖然としちゃいましてね。これじゃあ、退職金が消えてしまうじゃないかと。かといって繰り上げ返済しようにも、子どもが2人ともまだ大学生なのでムリ。妻も数年前から働き始めましたが、賃金は驚くほど低い。与えられる仕事は若手のサポートばかりだと嘆いています。

そうやって社会状況を冷静に分析してくと、20年後安心して暮らすには、どこかで自分の価値観を変えないとダメなんじゃないかと思うようになりましてね。でも、どう変えればいいのかが曖昧で。わからない。これも不安を掻き立てる原因になっているように思います。

実は、知人が東北の被災地でボランティアをしているうちに『あくせく働いている自分が嫌になった』と、会社を辞め、東京から電車で2時間半くらいかかる郊外に引っ越したんです。

ソイツと先日、バッタリ都内で会いましてね。せっかくだから飲みに行こうってことになって、彼の話を聞いていろいろと考えてしまいました。

彼は得意だった英語を生かして、子どもたちに教えていて。収入は学生のバイト並みです。

ただ、生活には困らないって言うんです。

家賃8万で築50年の一軒家を借りて、生活費は月10万円程度。

世の中、なんやかんやいってデフレだから、安いものはたくさんあるので十分やっていける、と。

それで、彼に言われたんです。

『負け組になりたくないって思うから、将来が不安になるんだよ』って。

所詮、負け組とか勝ち組とか、周りからの評価でしかない。

周りと比べないで、もっと自由に自分の価値観だけを頼りに生きていけば、自分次第でどうにでもなる。誰かが喜ぶようなことを、自分ががんばってやりさえすれば、頑張った分だけ満足感を得ることができる。ちゃんと報われるんだよ、って。

彼に言われて、私は自分がわからなくなった。派手に暮らしてるわけでも、贅沢しているわけでもないけど、自分の価値観がわからなくなってしまったんです。いい顔をしてる彼をうらやましいと思う半面、私には彼のように達観できる自信もない。なんだか余計に不安になってしまいまして。それで、今こうやって河合さんに話を聞いてもらってるんです」



以上です。

負け組になりたくない――。みなさん、グサッとささったんじゃないでしょうか?

もう少し丁寧に言うと、「勝ち組のギリギリ のとこでいいから勝ち組でいたい」アナタはこう思っているんじゃないでしょうか?

ひとつ興味深い心理実験を紹介しましょう。

(1)あなたの年収は5万ドル、あなた以外の人たちの年収は2万5000ドル

(2)あなたの年収は10万ドル、あなた以外の人たちの年収は25万ドル

この2つの環境があるとしたならば、あなたはどちらを選びますか?

もし、人にとってお金が「絶対的な価値」をもつものであれば、年収5万ドルの(1)よりも、その2倍の年収を稼げる(2)の方を選ぶはずです。

ところが、1990年代後半に経済学者であるサラ・ソルニック(米バーモント大学経済学部アソシエイトプロフェッサー)と、デービッド・ヘメンウェイ(米ハーバード大学公衆衛生大学院教授)の2人がハーバード大学の大学院生と教員たちに、この二つの質問を投げかける実験を行ったところ、対象者の56%が(1)の方を選択した。この半数以上というのがポイントなのです。

つまり、お金の価値を決めるのは絶対的な金額ではなく、相対的な金額であり、大切なのは「いくら稼ぐ」ではなく「周囲より稼ぐ」ことを人は好む傾向にあることがわかった。(出所:“Is more always better?:A Survey on Positional Concerns”,Journal of Economic Behavior and Organization)。

私たちは○○より裕福、○○より上手い、○○よりマシ……、こんな具合に満足したり不満を持ったりして生きています。評価されたい、出世したい、お金持ちになりたい……、どれもこれも「他人よりも」という前提条件が存在します。

負け組、格差社会、下流老人、老後破綻……。そういったセンセーショナルな言葉に私たちは翻弄され、増々相対的価値に囚われる。人を見下し属性を振りかざし、勝ち負けを気にするのも根底に「負け組になりたくない」気持ちが存在する。

なんとか勝ち組の下っ端でもいいから、ぶらさがっていたい―――。

この気持ちこそがアナタを不安に貶め、生きづらくさせているのです。

市場経済では、おカネが絶対的な価値を持つものであったとしても、人間にとっては、人それぞれに価値のあるものが存在します。

アナタにとって、大切なことは何ですか?即答できれば問題ありません。でも、おそらく「家族です」とか「子どもです」とか至極あたりまえの答えしか浮かばないのではないでしょうか?

境界線(boundaries)――。

これは人間なら誰もが持っている、自分の人生にとって重要であることとそうでないことの境目を指します。

境界線の内側にある「自分の人生にとって大切なもの」に対しては、それがそこにあることに感謝し、慈しむことができる。いかなる困難や苦悩に遭遇しても乗り越えようと最善を尽くすことができ、そしてその大切なものが、境界内にちゃんとあり、うまく回っていることで、幸福感は高まっていきます。

境界線の範囲は、人それぞれで、広い人もいれば、狭い人もいる。ある人にとっては、政治が入り、ある人には入らない。ある人にとっては、宗教や芸術が入ることもある。ある人にとっては、おカネや権力というものが、境界内に存在することもある。

また、人生のステージが変わることで、その境界内にあるものを外に出したり、外から取り込むこんだりすることもできる。

例えば、リタイアが迫った人が、それまでは境界内にあった“有給の仕事”を外に排除し、代わって“無給の仕事(ボランティアなど)”を入れることで、「リタイアしたらどうしよう」というストレスの雨を回避し「これからボランティア活動に最善を尽くそう」と生きるエネルギーを取り戻すことが可能です。ボランティアに精を出すことで、幸福感を持続させるのです。

この境界の広さや、境界内に含める出来事を柔軟に変えることができる人ほど、生きる力が高い。

そうです。SOCの高い人は、境界を自在に変えられる人。

自分の本意ではない環境に身を置くことになっても、他者の評価や社会の価値観ではなく、自分の絶対的価値を信じ一歩前に踏み出す。前を向いて歩くことができれば、無用な不安を感じることはありません。不安の反対は安心ではなく、前を向くことなのです。

ただし、1つだけ条件があります。境界内に、身近な人間関係、社会的活動(=仕事)、生存に関わる問題という、人が生きていくうえで極めて重要な要因を含めることができない限り、生きる力や回復力が発揮されることはありません。

この連載を最初から読んできたアナタは、SOCの大切さがわかった人。なので勝ち負けに過剰にこだわることはなくなるはずです。

でも、SOCを知らない人は、勝ち負けにこだわるあまり、醜い言動を繰り返します。

どんなものがあるのか知りたいって?

はい、わかりました。

次回からひとつひとつ、自称“エリート”たちのいただけない言動をお話しましょう。



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