◆子供の「意欲」を失くし、均一的な子供に育て上げる日本の教育事情
赤ちゃんは何でも意欲的だ。特に活発な男の子の場合、休む間もなく目につくことなら何でも触り、舐め、破壊する。その意欲たるや大変なものだ。「赤ちゃんは何にでも興味があり、全力だ」と言われる。でも、しばらくすると段々、元気がなくなり、中学校を卒業するようになると「勉強はイヤだ」と赤ちゃんの時の張り切りようがすっかり影を潜める。
子供をダメにするのはほとんどが母親だ。もちろん、母親は我が子が少しでも利口に立派な人間になるように毎日のように注意するのだが、その注意の一つ一つが赤ちゃんから「意欲」を奪っていく。
「親がなくても子は育つ」というが、これもあながち間違いではない。またヨーロッパは「子供をしつける」のが普通で、余り言うことを聞かない子供は外の木の幹に縛り付けたりするが、日本では「子供は神の子」といって大人は子供を教育できない、子供は子供で立派に育つと考えた。
明治の初めに日本にきたヨーロッパ人は、日本の子供たちが堂々として楽しそうなのを見てびっくりしている。日本の子供は神の子として育てられ、ほとんど大人の注意も受けなかったのだ……。