他人をバカにすることで生きる男たち――⑦組織を腐らせる“ジジイの壁”

【他人をバカにすることで生きる男たち――⑦組織を腐らせる“ジジイの壁”】

前号から続いています)

将来への不安、属性への執着心、「勝ち組」の下っ端でもいいから勝ち組にぶら下がっていたい………。そういう男たちは次第に、大衆の中で息をひそめる。

大衆というと聞こえがいいですが、要は「ジ・ジ・イ」です。

ジジイは「自分の保身」だけを考え、権力を組織のためではなく「自分のため」だけに使う“生き物”のこと。50代でも「ジジイ」じゃない男性はいるし、女性や若い人の中にも「ジジイ」はいる。

つまり、「ジジイ」とはジジイ的なるものの象徴、と私は定義しています。

……なんだか「ジジイ」という言葉を連発しただけで気が滅入ってくるのですが、この「ジジイ」たちの言動といったら呆れ返ることばかりです。

なんせジジイの群衆は「ジジイの壁」の外の人たちに、幼稚で醜い言動を性懲りも無く繰り返す。例の元総理大臣のMりさんや、都議会のJみん党都議連のみなさんのように、です。

大型連載「他人をバカにすることで生きる男たち」の第7回目となる今回は、「組織を腐らせる“ジジイの壁”」についてお話しましょう。

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「上昇停止症候群」──。

これは精神科医の小此木啓吾氏が、1980年代に『モラトリアム人間を考える』(中公文庫)という本の中で使った言葉です。

上昇停止症候群はそれまでエリート街道を歩んできたミドル世代のサラリーマンが、ライバルや後輩に先を越され、自分の昇進の可能性がなくなった時に陥る症状の総称をいいます。

それまで前向きだった人が無気力になったり、自分でも説明できない喪失感が強まったり、何をやるにも自信をなくしたりと、一見うつ傾向に似た症状に襲われるのです。

私たちはキャリアを重ねる中で、いくつかの壁にぶつかります。

ミドル世代のそれは「中期キャリアの危機」。早い人は30代中盤に、遅い人でも50歳前後までには、誰もが通過する儀式です。

米国の組織心理学者エドガー・シャインは中期キャリアの危機を、

「気が滅入り、落胆した状態。あるいは、ガソリンが切れた、モチベーションを失った状態であり、彼らは自らの仕事に興奮を得られず、もし経済的に実行可能なら劇的なキャリア転換さえ夢見る時期である」

と表現しました。

ミドルになると、

・ この会社で自分がどこまで昇進しそうか

・ 自分がどんな仕事で終わりそうか

といった、組織内での自分の将来像が見えてくる。

 

すると私たちは無意識に自分が若い頃に抱いていた野望や期待と、現在の自分のギャップを確かめ、すり合わせ、自分のキャリアの再検討を行います。

この「不安」と「ギャップ」から生じるジレンマが中期キャリアの危機の正体です。

もし、この段階で「おお、いい線いってるなぁ」と納得できれば、すんなりと危機を脱することが可能です。

しかしながら、多くの人たちはキャリア・プラトーと呼ばれるキャリアの高原(plateau)にはまり、それまでの自分を超えられない、伸びしろのない状態に苦悩する。

・これ以上の出世は望めないだろう

・これ以上、自分の能力を伸ばすことはできないだろう

・これ以上、新しい仕事に取り組むことはできないだろう

と“自信の揺らぎ”に支配され、次第にその“揺らぎ”がある種のコンプレックスに変わり、翻弄されるのです。

コンプレックスと突然言われてもピンとこないかもしれませんが、それは明かにコンプレックスです。

組織で生きてきたビジネスマンは、多かれ少なかれ男性特有の“計算”をしながら生きてきた人たち。その“計算”が意味をなさなくなった時、自分が組織に泳がされていただけだったことに気づかされます。

その気づきが、計算なく真っ向勝負で挑んでくる若手社員や、前例にとらわれない女性へのコンプレックスとなり、やるせない思いが心にのしかかる。

これが結構、堪えるわけです。

「俺は、結局組織の中でしか生きられない」──、そんな自分への諦めに気が滅入る。

この気分の落ち込みから上手く脱しないと、ドクターにかかる羽目になります。

つまり、上昇停止症候群にならないためには、キャリアの「危機」を乗り越える必要があり、その「対処」次第で、キャリア人生後半戦の「自分のカタチ」が決まっていくのです。

対処には二通りあって、「いい対処」と「悪い対処」に分けることが可能です。

ひとつ目は「次の世代を育み、世話をすることに喜び=美徳を見いだす」対処で、これは豊かな人生につながるいい対処です。

これを理解しておくのはとても大切なので、“マンネン課長”を例に説明しますね。

 

“マンネン課長”とは数年前にインタビューさせていただいた男性のこと。彼はキャリアー・プラトーにはまり一時期お酒の量が増えるなど、あと一歩で上昇停止症候群になりそうな経験をしていました。

そんな彼が、ドクターの世話にならずにすんだのは、ある「部下」のメールのおかげでした。

ある日、部下が顧客とトラブルを起こしたので、彼はかつての自分の人脈を生かしトラブル処理を手伝ったそうです。

幸いトラブルはそれ以上大きくなることもなく、顧客も納得。すると部下から次のようなメールがきたといいます。

「今まで何人もの課長の下で働いてきましたけど、課長ほど親身になってくださる人はいませんでした。私も課長のようなネットワークを持てるように、業務にまい進したいと思います。本当にありがとうございました」───。

この一通のメールが“マンネン課長”のその後を大きく変えました。

「私は部下が自分を褒めてくれたことが、素直にうれしかった。それでハッと目が覚めたんです。ああ、まだ自分にはやることがあるな、と。これまでの職業人生のノウハウを最大限に生かして、部下たちの背中を押すような仕事をすればいいんだと。そのためには、部下が何を考え、何をやっているのかを知ることが大事。それでこんなものを作ることから始めたんです」

男性はこう言って一冊のノートを取り出しました。

ノートの横軸には月曜日から金曜日までの1週間の日付、縦軸にスタッフ全員の名前が記されていました。

「部下たちに、自分から話しかけたかどうかを記録しているんです。1人ひとりに私から話しかける機会を、少なくとも週3回は持とうと思いましてね。私自身、上司から声をかけられると、うれしかったですから、まずはそこから始めようと。

で、このノートを広げて机の上に置いて、誰もが見られるようにしておけば、『これって何ですか?』って聞いてくる部下がいる。自分のやっていることを“見える化”して部下に見せれば、部下たちが上司になった時の参考になる。私も初めて部下を持った時に、部下とのコミュニケ─ションの取り方に苦労しましたから、何かの役に立てばいいなぁと、思っているんです」

彼は「部下のために、部下たちが働きやすい職場を作ろう」と決意することで、キャリアの危機を乗り越えた。自分にはまだやるべきことがある、と。

自分の目指すべき“山”が明確になり、プラトーから脱したのです。

次の世代を育み、世話をすることに喜びを感じた“マンネン課長”。彼がとった行動は、最良の対処です。

彼のようになればその後の人生が豊かになり、どんなに見かけが少々オッサンぽくなっても、決して「ジジイ」になることはありません。

一方、もうひとつの悪い対処に手を染めると、たちまち「ジジイ」の道に引き込まれます。

それは「息をひそめる」という対処です。

オーストリアの心理学者で医師でもあるV.E.フランクルが、ナチスの収容所における人間の心理の変化を克明に記した名著「『夜と霧』に次のような一節があります。

──かくして強制収容所における人間が文字どおり群衆の中に「消えようとする」ことは、環境の暗示によるばかりでなく自分を救おうとする試みでもあったのである。5列の中に「消えていく」ことは囚人がまもなく機械的にすることであったが、「群衆の中に」消えていくということは彼が意識して努めるのであり、それは収容所における保身の最高の掟、すなわち「決して目立つな」ということ、どんな些細なことでも目立って親衛隊員の注意を惹くな、ということに応じているのである──。

人は自分の意思で行動しても、発言しても、それが何の役にも立たない。それでも、そこで生きるしかないという状況になった時、人間は“群衆の中に消えようとする”。その人間の極限状態での行動をフランクルは克明に記していました。

ナチスの収容所の中と会社という組織では、深刻さの度合いは全く異なります。でも、そこにいる人の心の在り様に違いはありません。

つまり、

「これ以上の出世はない。でもここに至るまでにはそれなりの苦労もあったし、つらいことだってあった。せめてこのポジションだけは守りたい。何か失敗して始末書でも書かされて降格になったり、関連会社にでも飛ばされたりしてはたまらない。今のまま、ここで生きるのが最善の策なんだ」──。

こんな気持ちにかられた時、収容所でフランクルたちがそうだったように、“群衆の中に消えてしまおう”と心が動く。目立たないようにすることで危機から身を守ろうと対処するのです。

ただし、ナチスの収容所ではそれだけで「身を守る」ことが可能ですが、組織ではもうひとつ対処を加える必要があります。

息を潜めるだけでは、リアル組織では生き残れない。

そこで“彼ら”は自分より上の、組織で力を持つ人に擦り寄り「権力の傘」に隠れようと画策する。権力を自分のためだけに使う“ジジイ”におべっかを使い、おもねり、“犬”となる。

「○○会社の課長」「××会社の部長」という属性を失わないために、です。

ジジイたちの中に身を置くことで、今ある「権力」を奪われないさらに身を守ろうと必死になる……、はい、これでジ・エンド。そうです。“犬”になった輩は、完全無欠の「ジジイ」。自分の保身のためだけに生き、組織をつぶす群衆の1人です。

その姿は実に滑稽で、むなしい。なのに本人はいっさい気付きません。おまけに身の毛もよだつ“事件”を起こすのでたまったもんじゃありません。なんせ、アナタにも被害がおよぶかもしれないのです。

ある企業で「ジジイ」が起こしたリアル事件とは? 

来週お話しましょう。



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