他人をバカにすることで生きる男たち――㉑かつての日本人に“社畜”はいなかった?

【他人をバカにすることで生きる男たち――㉑かつての日本人に“社畜”はいなかった?】

前回から続く)

フェイクSOCの人は本物のSOCを持つ人のような“穏やかな自信”や“しなやかさ”がありません。

「共同体の中のいる自分」をみつめるまなざしのない人は、既存の社会的地位にしがみつく。属性が持つ「力」で他者を支配することでしか、自分の存在意義を示すことができないのです。

そんな中、SOC理論を提唱した健康社会学者のアントノフスキー博士は、「アジア人、とりわけ日本人のSOCは高いだろう」と、1980年代の著書で言及しています。

今回はその理由について、お話しましょう。

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これまで私は「SOCが高い(強い)」または「SOCが低い(弱い)」という表現を使ってきましたが、正確には「SOCの連続体上の位置が高い、または低い」という状態を省略したまでにすぎません。

つまり、SOCとはある日突然高められるものではなく、人生で遭遇する諸問題への対処次第で、「高く修正」されることもあれば「低く修正」されることもある。この世に誕生し死ぬまで、生涯に渡り発達してゆきます。

人生は常に綱渡りです。私たちは左右に揺れる綱の上でバランスを取りながら、生きていく必要があります。

SOCの高い人の綱は、低い人より太く、安定しているかもしれません。でも、だからといって万全というわけじゃない。どんなにSOCの高い人でも、“落ちる”ことがあるものです。

それほどまでに人生で遭遇する問題の多くは、避けることができないばかりか、対処するのが難しく、完全には解決できないやっかいなモノなのです。

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