飯塚玲児の『郷土の味 逍遥』〜「これぞ“究極”の卵かけご飯ーー南予の鯛めし」 (愛媛県宇和島市ほか)

 数年前、約1か月をかけて四国の温泉約100湯を巡った際、各地に伝わる郷土料理も食べ歩いた。中でももっとも印象に残ったのが、この「鯛めし」だ。

 実は愛媛には鯛めしという料理が2種類ある。一つはこの南予風、もう一つは東予、中予地方に伝わる鯛めしである。

 後者の方が全国的には有名で、真鯛を丸ごと1尾、味付けしたダシで炊いた炊き込み飯である。炊き上がったら鯛の身をほぐして骨を取り除き、ご飯と混ぜて味わう。ゴマやアサツキ、大葉の千切りなどを散らす場合もある。

 これはこれで非常にうまい。むろん四国1周の際には、こちらの鯛めしも存分に味わった。鯛の骨や頭から出る旨味が、ほのかに褐色を呈したホカホカ飯に凝縮されている。茶を注いでサラサラと味わうのも、酒の締めには最高である。

 だが、宇和島で味わった南予風の鯛めしは、見た目も食べ方もまったく違うものだった。新鮮な真鯛の刺し身を、だし汁に酒、醤油、みりん、砂糖、ゴマ、そして生卵を溶いた特製のタレに漬けて、アツアツの飯にかけて味わうのである。

 鯛は身が締まってプリプリだ。少し甘めのタレと生卵のコクのある味わいが、刺し身の味をいっそう引き立てる。鯛の刺し身がぬく飯に蒸され、にわかに白くなってくると、また違ったうまさが楽しめるのもいい。

 最近では“TKG”と呼ばれる卵かけご飯が人気を呼んでいる。この南予の鯛めしは“究極の卵かけご飯”といってもいいだろう。卵かけご飯のうまさは言うを待たないが、そのポピュラーな料理が、郷土名物の高みに上るためには、地元で獲れた鯛が欠かせない。

 同じ県内にまったく同じ名前の二つの料理があって、どちらも鯛を使っているところに、この地で古くから鯛を味わって来た歴史が感じられる。

 だからこその郷土料理なのである。そんな地域文化に根ざした郷土の味の数々を、これからもご紹介していこうと思う。