積もっていく口癖(結城浩「コミュニケーションのパターンランゲージ」)

こんにちは、結城浩です。

「コミュニケーションのパターンランゲージ」のコーナーです。このコーナーではふだんのコミュニケーションを改善するヒントをお話しします。今回のパターンは、

 積もっていく口癖

です。



●口癖

私たちには誰しも口癖があります。私にも口癖がありますし、きっとあなたにも口癖があると思います。

私の口癖は「なるほど」や「すばらしい」ですかね。とても気軽に(というのも変ですが)「なるほど」や「すばらしい」と言ってしまいます。

あまり使いすぎるのは問題ですが、「なるほど」や「すばらしい」や「すてき」や「さすが」といった言葉はそれほど不快な言葉ではないと思います。もちろん、言い方やイントネーションによりますけれど。

●「だめじゃん」

しかし、世の中には不快な言葉を口癖にしている人もいます。先日電車の中で、おしゃべりしている20代くらいのカップルがいたのですが、男性の口癖は、

 「だめじゃん」

でした。

 女性「こないだ買ったサンダルちょっときつくて〜」

 男性「だめじゃん」

 女性「履けないことはないの〜ちょっとだけきつくて〜」

 男性「だめじゃん」

こんな調子で、女性がしゃべるたびに「だめじゃん」を連発します。聞いているこちらの方がしだいに苦しくなってくるほどです。

「だめじゃん」にもバリエーションがあって、「だめじゃん」が三回ほど続くと「だめだめじゃん」になるようでした。

興味深かったのは、別に駄目な状況じゃなくても、この男性は「だめじゃん」と言うのです。

 女性「旅行先はいま考えてるところなんだ」

 男性「だめじゃん」

「いや、それ、ちっとも「だめ」じゃないし!」と私は隣で聞きながら心の中で突っ込みを入れていました。この男性にとっては「だめじゃん」が単なる口癖になっているのです。

「だめじゃん」を連発しても情報は増えていません。実質的には、この男性の「だめじゃん」は相づちといってもいいですね。

相づちならば、別の言葉に変換してもいいんじゃないでしょうか。たとえば、「だめじゃん」を別の言葉に置き換えてみます。

 女性「こないだ買ったサンダルちょっときつくて〜」

 男性「へえ」

 女性「履けないことはないの〜ちょっとだけきつくて〜」

 男性「そうなんだ」

 …

 女性「旅行先はいま考えてるところなんだ」

 男性「ほう」

もちろんイントネーションにもよるのですが、これだと普通の雑談になります。

話し相手の女性はもう慣れてしまったのかもしれませんが、この男性の「だめじゃん」をずうっと聞いているのはもしかしたら、心の健康上、良くないんじゃないかなあ…などと思ってしまいました。

まあ、人の会話を勝手に聞きながら思っているので、余計なお世話といってしまえばそれまでですが。

●口癖は積もっていく

この男女の会話、特に男性の口癖を聞きながら、

 口癖は積もっていく。

と、そんなふうに思いました。口癖は、本人が無意識のうちに放つ言葉ですよね。そして、一日のうちに何度も何度も何度も何度も何度も言う。

 口癖となった言葉は、耳を通って心に積もっていく。

積もっていくのは、話している相手の心だけではありません。本人の心の中にも積もっていくでしょう。

明るい言葉、前向きな言葉を積もらせるのと、否定的な言葉、おとしめるような言葉を積もらせるのとでは、長い時間の果てにおいては、人間関係に対しても、自己認識に対しても、ずいぶん違ったものを生み出すのではないでしょうか。

もちろん、そんなに人間は単純じゃないないかもしれません。言葉は言葉に過ぎませんから。実際のところはどうなのでしょうね。

こんなことを考えながら、私はしばらくの間、このカップルの会話を聞いていたのですが、最後に苦しくなって電車を降りてしまいました。

●「なあに」と「なにい」

さて、ちょっと別の口癖を考えてみましょう。

 「なあに」と「なにい」

この二つの言葉はそっくりです。でも受ける印象は正反対です。

 子「ねえ、これ見て」

 親「なあに」

となれば平和な会話ですが、

 子「ねえ、これ見て」

 親「なにい」

これではケンカが始まるかのようです。

●「そうだね」と「そうだよ」

また別の口癖です。

 「そうだね」と「そうだよ」

この二つの言葉も似ていますね。でも受ける印象はやっぱり正反対。

 部下「部長!月末までには間に合いそうです」

 上司「そうだね」

上の対話には上司の共感があります。

 部下「部長!月末までには間に合いそうです」

 上司「そうだよ」

上の対話にも上司の共感が含まれていますが、「そうだよ」には、

 何をいまごろ言ってるんだね。

 そんなこと最初っからわかっていたことじゃないか!

というニュアンスが感じられます。上から目線とでもいうのでしょうか。

もちろん、そのような言葉や言い回しが必要な場面もあるでしょうけれど、もしも「そうだよ」が口癖だったらこわいです。何を言っても、

 「そうだよ(なにをいまさら)」

 「そうだよ(あたりまえじゃないか)」

 「そうだよ(知らなかったのかね)」

 「そうだよ(みんなが知ってることだ。知らないのはきみだけだよ)」

と返事が返ってきたら、うんざりするでしょう。しかも、上司はそのような意図がないとしたらもったいない話です。

上司の口癖が「そうだね」だったら、印象はずいぶん違います。

 「そうだね(僕もそう思うよ)」

 「そうだね(よく気がついたね)」

 「そうだね(まったくその通りだ)」

 「そうだね(よくぞ言ってくれた)」

たった一つの「……よ」と「……ね」という一文字ちがいが大違いです。

たかが言葉。されど言葉。

「積もっていく口癖」に気づき、それをちょっと変化させるのは、人間関係において、自己認識において、大きな意味を持つのかもしれません。

●まとめ

ということで――今回の「コミュニケーションのパターンランゲージ」は、

 「積もっていく口癖」

を紹介しました。あなたの口癖、なんですか?

 名前

  積もっていく口癖

 問題

  人間関係や自己認識を少しずつ改善したい

 方法

  自分の口癖を見つけて、それを少しだけ改善する

 結果

  口癖は頻繁に口にするので、

  人間関係や自己認識に少しずつ良い効果を与えていく。

 関連

  「あいづち」(Vol.005参照)

●補足:適用はあくまで自分に対して

ちょっと注意です。もしも、今回の「積もっていく口癖」に共感したとして、それを「他人」に適用するのは十分注意してください。人の口癖を指摘するのは、非常に危険な場合があるからです。

口癖にはその人の歴史が隠れていて、心の深いところにつながっている場合があります。そこに触れることは、相手にとって大きなゆさぶりになることがあるのです。

ですから、今回の「積もっていく口癖」は、あくまで「自分に対して」適用することをおすすめしておきます。

くれぐれも、「あなたにはこんな口癖があるから直した方がいいよ」という指摘は安易に行わないようにお願いいたします。

結城メルマガVol.026より)