【もう1回、無料公開中】 「雑談力」なんていらない

私の専門領域はコミュニケーション能力の向上なので、謝罪だけでなく、どうすればより効果的なコミュニケーションが実現できるかに取り組んでいます。先日、ある講演の際に「どうすれば雑談力が上がりますか」という質問を受けました。「雑談力」とはどんな意味でとらえているのか、その説明をお願いしたところ、ビジネスや日常生活で他人と上手く雑談するコツのようなものを教えてほしいということでした。ふむむむ。



・「きどにたてかけし衣食住」

「雑談する能力」について、確かに最近本や記事を目にします。私が思い浮かべる雑談のイメージは、カクテルグラスを持ちながら楽しくジョーク交じりの会話をするパーティとか、オフィスでコーヒー片手に談笑するというものですが、今話題に上がっているのはもう少しビジネス寄り。商談前に気の利いた話題にサッとふれて、いつの間にか商談に結び付いてしまう魔術のようなセールストークとか、プレゼンの際にぐっと会場をツカむ前振りなど、気の利いた会話ができる技術に関心がもたれているようです。

雑談の先にある人間関係拡大や、ビジネスが進むような話題の発展などを見据えて、雑談に関心を持つ人がいるのかも知れません。実際、昔から営業では話題の豊富さが推奨されていたようで、私も営業研修の中で「きどにたてかけし衣食住」なんていう、話題のきっかけを教えられました。

それぞれトピックの頭文字を並べたもので、「き」は季節・時候、「ど」は道楽(趣味のことね。この辺りからこのコトバが作られた時代が相当な昔っぽいニオイがいたします)、「に」はニュース(急に英語!?)と、それぞれの言葉をたどって行けば、何かしら話題が尽きずに話ができるというものです。



・雑談の後は?

このような古典的話題発掘法があるくらい、昔から雑談のコツのようなものはあったのです。ですが、よく考えて下さい。そうした雑談ができたらどうなるのでしょう。「会話の潤滑油」のような不明確な理由ではなく、その明確な目的は何かです。

会ったそばから「当社の製品は・・・」と本題に入るのはぶしつけですか?「本日の用向きは〇〇の契約締結で伺いました」ではいきなりすぎでしょうか。やはり「こないだまで暑いと思ってたら、ずいぶんと朝夕は涼しくなりましたねぇ。(季節時候)どうですか、ゴルフの調子は、最近?(道楽)築地が移転するんだかしないんだか、良くわかりませんねぇ。(ニュース)」という雑談で導入するのが良いのでしょうか。

私が営業される立場なら、よほど親しい間柄でなければ、「で、要件は何ですか?」とイラだち気味に聞きそうな気がします。それともひとしきり雑談してからでないと、ビジネスマナーに反するものなのでしょうか。

営業に関していえば、一番難しいのはファーストコンタクトのはず。その貴重な瞬間、そもそも忙しい相手の時間を取っておいて、雑談などできるのでしょうか。私自身は独立するまではマーケティングがメインだったため、営業するより営業される側が圧倒的に多かったのですが、自分が営業されて契約や導入を決めた商談において、雑談した記憶がほぼありません。

取引関係ができ、それなりに長い付き合いとなった相手であれば、雑談というか世間話含めた本題の商談以外を話すことは確かにあります。飲みに行くような関係になった方とは、酒の席ともなればますます仕事以外の話で盛り上がるのが普通です。

しかし雑談力を養成する目的は、そうした既に人間関係が成り立っている相手とのコミュニケーションというより、初対面などの場での話題展開のようです。単に話題を振るだけでなく、相手の話を聞きましょうということも書かれているようですが、いずれにしても親しくない相手との距離を縮めるために、雑談できる力が有効だという主張のようです。



・異業種交流会で人脈拡大?

異業種交流会などの場ではさかんに名刺交換が行われ、正に雑談力の発揮される場面かも知れません。初対面の方にもスッと打ち解けて、軽やかな話題を提供できれば、きっと新たな人間関係を築くことができ、人脈も広がるのでしょう・・・・か。交流会で名刺交換してフェースブック申請し合ったりして、それは人脈なのでしょうか?そもそも人脈って何?

仕事でもプライベートでも困った時にアクセスでき、アドバイスや意見、さらに関係者を紹介してもらうなど、何らかのアクションにつながる人間関係はありがたいものです。でもそれは交流会で作られるのでしょうか。おもしろいツカミやエピソードトークができれば、人脈はできるのですか?そのまま名刺入れに名刺を収納されて終わりなんてことはないですよね。

私自身は出会い系、いや異業種交流会とか名刺交換会のような初対面の人と会うのが大の苦手なもので、その種の集まりに行かなくなってもう20年以上経ちます。パーティに私がいる時は単純にごちそうを食べたくて来ているはずで、昔存命だったころのハマコー氏(浜田幸一元衆議院議員)の政治資金パーティ券を勤め先会社が買い、もったいないので私が出席して、氏の演説中にご飯食べてて怒られた思い出もあります。出会いではなく、ごちそう食べに行くのは大好きです。

単に名刺交換することに私は価値を感じていません。有名経営者の名刺を持っているのは、単に芸能人のサインを持っているのと同じで、その有名経営者との人間関係を意味するものではありません。少なくともビジネスレベルでのお付き合いが成立つには、一方的に自分がメリットを享受できるだけでなく、自分が相手にとって価値を感じてもらえる何かがあって、初めて成り立つものです。



・コミュニケーションの誤解

コミュニケーション能力はプレゼンテーション能力ではありません。プレゼン上手であることは、コミュニケーション能力が高いのではなく、プレゼンテーションが上手いだけにすぎません。雑談に長け、初対面の相手と会話に途切れずいられたとしても、その結果は何でしょう。何かズレていないでしょうか。

雑談などなしで、いきなり本題に入って交渉に成功することはいくらでもあります。私は「軍事ブリーフィングプレゼン」と名付けて、プレゼンテーション指導で紹介することがありますが、時候の挨拶も雑談も抜きに、いきなり「今回の作戦計画の目的はこれです」と結論から始めてしまう方法です。ビジネスプレゼンテーション、セールスプレゼンテーションとして、しゃべりに自信の無い人にとって、余計なことを話さずに済む分失敗リスクも減らせるという、一定の成果が期待できる手法です。

コミュニケーションはツールです。目的ではありません。ちまたにある「雑談力」の解説に、目的と成果との接続について詳しい説明が見当たりませんでした。雑談力を着けるべきかどうか判断するのは、雑談力を着けることで成果につながるという効果が、しっかり検証してからでも遅くはないといえます。ただ単にスムーズな会話ができることは、何の成果をも保証するものではありません。